昨年に劇場公開された『エベレスト3D』で3D映像が高低差の描写に効果的なことを痛感したが、その究極版とも呼べる作品が登場した。
『ザ・ウォーク』が描きだすのは、地上411メートルの空中に張り渡した1本の綱の上からみえる世界。高所恐怖症の人にはまさに失神ものの映像が繰り広げられる。ここまで3D映像の特質を活かしきった作品も珍しい。
メガフォンをとったのはロバート・ゼメキス。昨年が『バック・トゥ・ザ・フューチャー』30周年ということもあり、シリーズの監督・共同脚本を務めたゼメキスの名がやたらクローズアップされたが、彼は過去の人ではない。『ロジャー・ラビット』や『フォレスト・ガンプ/一期一会』、『ポーラー・エキスプレス』など、常にVFXやCGをはじめとする映像技術を導入することで知られるアメリカ映画界を代表する監督である。
近年は、『ベオウルフ/呪われし勇者』や『Disney’sクリスマス・キャロル』など、パフォーマンス・キャプチャーとCG技術を駆使したアニメーションに力を入れていた彼だが、2012年の『フライト』で実写作品に戻り、健在ぶりを世に示した。これに続く本作は、彼が徹底的に3D表現にこだわりつつ、冒険に賭ける男のヒロイズムを画面に焼きつけている。シンプルなストーリーながら、スリルとサスペンス満点。痛快にして爽やかな仕上がりを誇る。
ドキュメンタリー作品『マン・オン・ワイヤー』でも描かれたフランスの軽業師フィリップ・プティのノンフィクションを原作に、ゼメキスと『ベオウルフ/呪われし勇者』などでスタッフとして参加したクリストファー・ブラウンが脚色。1974年8月6日、当時世界一の高さを誇ったニューヨークのツインタワー・ビル、ワールドトレードセンターで遂行された綱渡りをクライマックスに、綱渡りに生命をかけた男のスリリングな軌跡を綴っている。
ゼメキスがこの企画に乗った理由のひとつに、今はないワールドトレードセンターを映像で蘇らせたい思いがあった。本作で2001年9月11日の同時多発テロで瓦礫と化したツインタワー・ビルが画面のなかで天空に屹立している。その雄姿はまこと一見に値する。
『(500)日のサマー』や『インセプション』などで知られるジョセフ・ゴードン=レヴィットがプティ本人から綱渡りの特訓を受けて、純粋に冒険に賭けるヒーローを熱演。プティの師匠役には『ガンジー』でアカデミー賞に輝いた名優ベン・キングズレー。さらには『マダム・マロリーと魔法のスパイス』のシャルロット・ルボン、『ワールド・ウォーZ』のジェームズ・バッジ・デールなど、共演陣も個性に富んだ顔ぶれが揃っている。
幼い頃から綱渡りに魅了されてきたフィリップ・プティは独学で綱渡りを修得した後、至高の綱渡り師パパ・ルディの門を叩く。観客を喜ばせるためにどこまでも教えを厳しく守ることを要求するパパ・ルディに対し、綱渡りの限界に挑みたいプティは相いれずにパリで大道芸人となる。
彼の目標は誰も試みたことのない高い場所での綱渡り。ニューヨークで建設中の世界で最も高いツインタワー・ビル、ワールドトレードセンターの記事を読んだときから、そこを渡る計画に取り憑かれる。
恋人の美術学校生のアニー、カメラマンのジャン=ルイを仲間に引き入れ、パパ・ルディに頭を下げてワイヤーの正しい張り方や縄上での安全を確保する方法などを改めて学ぶ。
まずパリでノートルダム寺院に侵入。二つの塔にワイヤーを張って渡ることに成功するが新聞では犯罪者扱いをされる。
プティは仲間たちとニューヨークに渡る。入居がはじまったワールドトレードセンターは110階建ての高さ。しかも屋上に行くのも至難の業だ。未だ建設中の屋上付近には作業員が大挙し、警備員も厳しく目を光らせている。ワイヤーをはじめ多くの道具を屋上に運び、プティと仲間たちが作業するためには綿密な計画が必要だった。
数多くのハプニングに見舞われ、計画は危機に瀕するものの、プティの情熱と臨機応変さが功を奏して、ワイヤーはツインタワー・ビルに張られた。プティは早朝、生命綱もなく、高さ411メートルのワイヤーの上に足を進めた――。
実話の映画化なので、成功することは分かっている。分かってはいるが、展開される映像に惹きこまれ、思わず握る拳にぐっと力が入る。とりわけクライマックスの東京タワーのてっぺんより高い411メートルの迫力は、高所恐怖症ではないが身がすくむ。411メートルの圧巻の光景、吹き抜ける風が見る者の恐怖を煽りたてる。まさに息を呑むシーンが次々と訪れてくるのだ。3Dの視覚効果を知り尽くしたゼメキスが、プティの綱渡りを観客にそのまま体験させる趣向。どこまでも高い天空でたった1本のワイヤーに生命を託すことの高揚感と恐怖を、とことん映像で堪能させてくれる。
まことIMAXの3D方式でみると、どんなアトラクションも顔負けの恐怖。体験型映画の方向性を示した、画期的な作品といいたくなる。
しかもゼメキスの演出力は人間ドラマとしてのクオリティもきっちりと維持している。ただ単にビルの間にワイヤーを張って渡るだけのストーリーなのに、さまざまなエンターテインメントの要素が凝縮されている。高い山があるから挑むといった登山家の気持ちにも似た主人公の純粋な情熱をくっきりと浮かび上がらせると同時に、ワールドトレードセンターでの計画実行のプロセスは泥棒映画並みのサスペンスが用意されている。さすがゼメキス、観客を喜ばせる術を心得ている。
出演者ではプティを演じるゴードン=レヴィットが群を抜いている。若さの持つ傲慢さや純真さを嫌みなく表現しつつ、プティのヒロイズムを好感度高く映像に焼き付ける。プティ本人から特訓を受けた綱渡りの所作、仕草も堂に入ったもので、綱渡りの醍醐味を満喫させてくれる。
何はともあれ、一見をお勧めする。昨年の東京国際映画祭でも話題になったが、本作の凄さは体験しないと分からない。ぜひIMAXの3D方式でご覧あれ。