『エージェント・ウルトラ』は能天気にして痛快、キレのいいアクション・コメディ!

『エージェント・ウルトラ』
1月23日(土)より、全国ロードショー
配給:KADOKAWA
Photo Credit: Alan Markfield/© 2015 American Ultra, LLC. All Rights Reserved.
公式サイト:agent-ultra.jp

 

 歴史を紐解くと、世界各国で「事実は小説より奇なり」ということばそのままに、愚かしいプロジェクトを研究した事実に遭遇する。日本も敗戦までは非人道的な実験を秘密裏に行なってきたというが、冷戦期のアメリカは自由主義の盟主の名のもとに、奇想天外にして空恐ろしい、さまざまな秘密計画を実施した。

 なかでも、CIAがアメリカ軍化学部隊特殊作戦部の協力のもとで行なったプロジェクト、“MKウルトラ”はつとに知られている。このプロジェクトはナチスが行なっていた洗脳の研究を推し進めたもので、朝鮮戦争時から本格的に導入された。アメリカ、カナダの一般人を被験者にして、自白を引き出す拷問、洗脳用の薬物の開発、洗脳テクニックの研究など、多岐にわたる人体実験を行なった。同様に、洗脳によってどこまで被験者が変貌するかといった研究、放射性物質の影響にまで、手を広げたという。
 プロジェクトは1960年代末まで存在し、記録は秘密裏に破棄されたはずだったが、断片的なドキュメントが発見され、プロジェクトの一端が明るみに出た。この事実を、映画界が見過ごすはずもなく、『陰謀のセオリー』や『実験室KR-13』、『ヤギと男と男と壁と』、『RED/レッド』などのモチーフの一部となっている。
 本作は題名に“ウルトラ”の文字を使用していることでも分かるように、このプロジェクトの被験者に焦点を当てている。脚本を執筆したマックス・ランディスはこのプロジェクトの存在に衝撃を受け、アクション・コメディに昇華させた。
 ちなみにランディスは『ブルース・ブラザース』や『狼男アメリカン』などで知られるジョン・ランディスの息子。親ゆずりのコメディセンスを持ち、『クロニクル』の脚本で注目されて以来、期待される脚本家のひとりに数えられている。
 ランディスは、“MKウルトラ”によって戦闘スキルを埋め込まれた、ヒーローでもないごく普通感覚の男を設定して、痛快で奇想天外なストーリーを構築。とぼけた笑いとアクションのなかに、秘密裏に行なわれる権力の暴挙を風刺している。
 この脚本をもとに、ミュージックヴィデオで注目され、劇場映画デビュー作『プロジェクトⅩ』(劇場未公開)で評価されたイラン系イギリス人、ニマ・ヌリザデが監督に抜擢され、問答無用、アクションを前面に押し出した活きのいい演出を披露してみせる。
 なによりの話題はフレッシュなキャスティングだ。『グランド・イリュージョン』や『ソーシャル・ネットワーク』で鮮烈な印象を残したジェシー・アイゼンバーグに『トワイライト~初恋~』シリーズや『スノーホワイト』などでアメリカ若手女優のトップをひた走るクリステン・スチュワートがコンビを組んで、軽快なアクションを披露してみせる。
 共演も『スパイダーマン3』のトファー・グレイス、『エンド・オブ・ザ・ワールド』のコニー・ブリットン、『ジャンゴ 繋がれざる者』のウォルトン・ゴギンズ、『3人のエンジェル』のジョン・レグイザモ、『インデペンデンス・デイ』のビル・プルマンなど、ヴァラエティに富んだ顔ぶれが並んでいる。

 ウェストヴァージニア州の片田舎で暮らすマイク・ハウエルは絵に描いたようなダメ男。コンビニで店員をしながら漫画を描く日々。美人の恋人フィービーにプロポーズする機会を探しながら、肝心なときになると、パニック発作に見舞われてマリファナの力を借りる始末。無害で気のいいのが取り柄の草食系の若者だった。
 だが、店を訪れた謎の中年女性から暗号のようなことばを聞いた瞬間、彼のなかで何かが覚醒する。店の駐車場にいた暴漢ふたりをスプーン1本で撃退してしまう。自分でも途方に暮れる能力を発揮したことにマイクは動揺する。
 実はマイクは、最強の諜報員を生みだすために、軽犯罪者を被験者にした極秘プロジェクト“ウルトラ計画”の唯一の生き残りだった。中年女性はラセターという名のCIAエージェント。マイクに平和な生活を送らせるために彼の記憶を消して、監視していた。
 このまま平穏に暮らさせたい彼女の思いとはうらはらに、彼女をライバル視するCIA諜報員イェーツが“ウルトラ計画”の存在を消し去るために、マイク抹殺の指令を暗殺部隊に出したのだ。
 めまぐるしい展開に混乱したマイクはフィービーを呼び出し、店の前で警察に逮捕されるが、暗殺者は留置場にまで刺客を送りこんでくる。覚醒した能力で敵を倒したマイクに、暗殺部隊はさらなる手段で襲いかかってくる。マイクは能力の覚醒とともに、彼を取り巻く環境がフェイクであることを知るはめになる。彼とフィービーに生きのびる可能性はあるのか――。

 いかにもやる気のない日々を送っている、市井の青年が呪文ひとつで殺人マシンに変貌する。実際の“MKウルトラ”の研究が行なわれていたかは分からないが、最強の兵士を生みだすための研究なんて、いかにもCIAがやりそうなことだ。ランディスは、この“CIAならありえるかもしれない”という一般の気持ちに沿いながら、巧みにオフビートな庶民版スーパーヒーロー・ストーリーを紡ぎだしている。
 ヌリザデは明快な脚本をもとに、ひたすらインパクト主義の演出で勝負する。冒頭でマイクのヘタレぶりを手際よくみせたら、後は一気呵成。次々とアクションとスタントを用意し、次第にスケールをエスカレートさせていく。しかも、マイクとフィービーの草食系純愛の縦糸を、過激なアクション綴りのなかに貫いてみせるあたり、ヌリザデは注目されている存在だけある。

 出演者ではマイク役のアイゼンバーグの個性がひたすら際立つ。マリファナ頼りのヘタレ男も似合うが、無表情に暴力を行使する殺人マシンもぴったりとはまっている。これまでオタク役が多い印象があるが、どんなキャラクターも“現代を生きている”存在感をかもしだす。この、片田舎にいかにもいそうなキャラクターは絶品である。
 アイゼンバーグに比べると、フィービー役のスチュワートは受けにまわった印象だが、どっこい単なる“色どり”ではないことはストーリーとともに分かってくる。詳細は語れないので、見てのお楽しみとしておこう。

 題名がなんともそそられないとの声もあるが、みると得した気分になる仕上がり。過激で笑いも散りばめられ、キュートな味わいもある。こうした作品が健闘することが映画界のためになる。まずは一見をお勧めしたい。