全世界でセンセーショナルな人気を誇る、『ハンガー・ゲーム』シリーズの完結編がついに公開される。
全3章、4作品からなるシリーズはこれまでの各作品とも驚異的なヒットを飾り、全世界同時公開となる本作も完結編とならばメガヒットは間違いのないところ。
ここまで熱狂的に受け入れられたのは、スーザン・コリンズのベストセラーを原作にした認知度の高さもあるが、なにより、映画化にあたって万全の布陣で臨んだからに他ならない。
第1作では、原作者コリンズ自身に加えて『ニュースの天才』のビリー・レイ、さらに『ビッグ』の脚本や『カラー・オブ・ハート』の脚本・監督で知られるゲイリー・ロスが脚色に参加するという実力本位の人選。設定、ストーリーを映像に適するように練り込んだ上で、ロスが過不足ない演出でこのディストピア世界を万人に分かるように構築してみせた。
弓の得意な少女カットニスが、独裁国となった未来のアメリカで、テレビ放映される残酷なリアリティショー“ハンガー・ゲーム”に参加し、知恵と勇気で生き抜く姿を、ロスは活き活きと描きだした。あわせて、同じくゲームの一員に選ばれたピーターとの恋も紡がれ、スリリングなゲームの迫力と相まって、エンターテインメントとしてサービス満点。大ヒットも頷ける仕上がりとなっていた。
さらに第2弾では『スラムドッグ$ミリオネア』のサーモン・ボーフォイと『トイ・ストーリー3』のマイケル・デブルインが脚本を担当。ここでは“ハンガー・ゲーム”を生き抜いて、独裁国庶民のスターとなってしまったカットニスとピーターに、独裁者スノー大統領がさらに苛酷な“ハンガー・ゲーム”を仕掛ける展開となる。恋人同士を装ったことでピーターとの間に本物の感情が芽生えてきたカットニスは、故郷の恋人ゲイルに対する気持ちとの板挟みになりつつ、さらに強力なゲーム相手と戦わねばならない。
『アイ・アム・レジェンド』の映像派フランシス・ローレンスが監督に起用され、ぐいぐいと見せ場本位で綴る。ローレンスは最終章もふくめて3作を手がけ、この第2作の最後からストーリーが大きく転調させていく。
さらに第3弾は最終章の前篇となる。最終章2作は『ザ・タウン』のピーター・クレイグと『大統領の執事の涙』のダニー・ストロングが脚本を担当。前篇では第2作の最後に反乱軍に救われたカットニスが、反乱軍を率いるコイン首相の望むように“革命のシンボル”となり、民衆を革命に誘う役割を担うことになる一方で、ピーターはスノー陣営の人質となって反革命のプロパガンダに利用される。両陣営のコマとして翻弄されるふたりの姿が紡がれることになる。
こうした展開を踏まえて本作が登場する。
圧倒的な独裁政権下、状況に翻弄されつつも持ち前の生存本能によって困難を克服してきた少女カットニスが、本作で初めて自らの意思で行動することを選ぶ。
彼女は今までは、常に与えられた選択肢のなかから生存すること本位に行動するしかなかった。そうして幾多の危機を体験するうちに、無垢な少女は社会に目が開き、人間というものの美醜を目の当たりにした。そうした経験の蓄積が彼女を成長させ、真の意味で戦士としての逞しさ、洞察力を身につけさせたのだ。
前作の最後で救出されたピーターだったが、彼はカットニスを憎むように洗脳されていた。そのことを思い悩む彼女は、反乱軍のシンボルとして民衆の蜂起を促す役割を果たしている。反乱軍を率いるコインは彼女をコマのように使い、同調する民衆の数を増やしていたが、カットニスはコインにスノーと同じような権力志向の匂いを感じはじめていた。
なにより、国が荒廃化し多くの無辜な人々が死んでいた事実を考えると、これ以上戦争を拡大させてはいけない。そう考えたカットニスはゲイルとともに秘かにスノー暗殺を決意するが、彼女にカメラチームを帯同させるコインはピーターを同行させる。
カットニスの決死の行動は意外な展開とともにさらなる試練を彼女に与えることになる――。
本作をみると、なぜ最終章だけ前後篇の構成にしたか、得心がいく。つまりは成長したカットニスの心の推移をきっちり描かなければ、この結末が導き出せないからだ。知恵と勇気で生きのびた少女は真のヒーローに変貌しなければならなかった。ローレンスはアクションシーンを散りばめながら、その過程をくっきりと映像化している。コマのようにあしらわれてきたカットニスが事態を洞察し、ひとつの結論を導き出して行動する。そこにはヒーローとしての正当な資質がある。本作がエンターテインメントとして優れているばかりか、ある種の感動をもたらすのはそこに起因する。彼女の最後の決断などは見る者すべてに共感を与えるはずだ。
原作者は、テレビで戦争の映像と並んでリアリティショーを放映している状況から「ハンガー・ゲーム」のアイデアを得たという。映像のプロパガンダで民衆を牽引する手法はナチス・ドイツの時代に確立されたというが、今もその本質は変わっていない。未来を謳っているが、これは現在そのもの。馬鹿げたリアリティショー、リアリティショーもどきの戦争報道で民衆を欺き、現実に目を向けさせない戦略はかたちを変えて、さまざまな為政者が活用している。こうしたメッセージが内包されているからこそ、原作は評価されたわけで、映画も原作者の姿勢は十全に汲み取っている。
もちろん、本作の感動は演じる俳優たちの存在感に負うところが大きい。なによりカットニスを演じたジュニファー・ローレンスが素晴らしい輝きをみせる。このプロジェクトが決定した段階では、『あの日、欲望の大地で』でヴェネチア国際映画祭新人俳優賞を手中に収め、『ウィンターズ・ボーン』でアカデミー主演女優賞にノミネートされたティーン女優として注目されていたものの決してメジャーな存在とはいえなかった。それが本シリーズが決まるや否や、『X‐MEN:ファースト・ジェネレーション』や、アカデミー主演女優賞を受賞した『世界にひとつのプレイブック』などの話題作が連発、おとなの女優として花開いた。本シリーズはそうした彼女の成長ぶりを目の当たりにすることができる。ひとりの女優の変化を堪能できる意味でも注目に値する。
ローレンスが少女から聡明な女性に成長する姿を凛とした存在感、細やかな演技で演じている。大柄で圧倒的な美女というわけでもないが、ふと垣間見せる情感に惹かれる。アメリカの次代の大女優であることは間違いない。
彼女を挟んでピーター役のジョシュ・ハッチャーソンはひ弱なイメージ。一方のゲイル役のリアム・ヘムズワースは『マイティ・ソー』でおなじみの兄クリスと同じく肉体派で、この好対照がふたりを起用した理由だろう。発想としてはローレンスを際立たせるための役割だ。
ローレンスを盛り上げるために起用された共演陣はまさに演技派・個性派総出演の趣だ。スノー大統領に『M★A★S★H マッシュ』の時代から異彩を放っていた名優ドナルド・サザーランド、コインには『アリスのままで』でアカデミー主演女優賞を獲得したジュリアン・ムーア。さらに惜しくもこれが遺作となった『カポーティ』のフィリップ・シーモア・ホフマン、『グランド・イリュージョン』のウディ・ハレルソン、『ピッチ・パーフェクト2』では監督も兼ねたエリザベス・バンクスなどなど、多士済々。これだけの芸達者を一堂に介したキャスティングも稀である。
日本では意外なほど注目度は控えめだが、一度見たら惹きこまれるのは必定。本作を見る前にシリーズをおさらいしておくと、いっそう楽しめる。現代世界の風刺ともいえる仕上がり。これは必見といっておきたい。