『007 スペクター』は、ジェームズ・ボンドの過去に分け入った、スリリングな傑作!

SPECTRE
『007 スペクター』
11月27日(金)~29日(日)先行上映。12月4日(金)より全国ロードショー
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
SPECTRE © 2015 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc., Danjaq, LLC and Columbia Pictures Industries, Inc. All rights reserved.
公式サイト:http://www.007.com/spectre/?lang=ja

 

 1962年の『007は殺しの番号』(『007/ドクター・ノー』)を第1作に、抜群の長寿を誇る“ジェームズ・ボンド”シリーズは本作で24作を数える。歴代ボンド俳優もショーン・コネリーを皮切りにジョージ・レーゼンビー、ロジャー・ムーア、ティモシー・ダルトン、ピアース・ブロスナンといった存在を経て、現在は歴代俳優よりも若さを感じさせて精悍なイメージのダニエル・クレイグが人間味溢れるボンドを演じている。
 クレイグを選ぶにあたっては、カリカチュアされたヒーローのイメージではない、人間ボンドの成長を描こうという意図が製作者サイドにあったに違いない。クレイグ版第1作の『007/カジノ・ロワイヤル』から、『007/慰めの報酬』、『007 スカイフォール』を経て本作に至る流れは、スパイとしてのスキルを上げるなかで喪失感に陥っていく軌跡だ。
 クレイグ版の4本は大きく2つに分けられる。初めて苛酷な任務を命ぜられたボンドがル・シッフルと戦うなかで“運命の女性”に出会う『007/カジノ・ロワイヤル』と、その1時間後からはじまる『007/慰めの報酬』。この連続した時の流れのなかに、私怨とプロとしての矜持がせめぎ合う展開となる。この2作はシリーズ第19作から参加している二―ル・パーヴィスとロバート・ウェイドに加えて、『ミリオンダラー・ベイビー』や『クラッシュ』の監督で知られるポール・ハギスが脚本に参加。葛藤のドラマとして練り込んでみせた。
『007/カジノ・ロワイヤル』を、メリハリの利いた演出を得意にするマーティン・キャンベルで滑り出し、『007/慰めの報酬』は人間ドラマを得意にする『ネバーランド』のマーク・フォースターが引き継いだのは、これまでのシリーズとは一線を画したいとの思いの表れだろう。
 ボンドの成長の記録は続く2本、『007 スカイフォール』と本作が引き継ぐことになる。『007 スカイフォール』ではパーヴィスとウェイドに加えて『アビエイター』のジョン・ローガンが脚本を担当し、さらに本作では3人に加えて『オール・ユー・ニード・イズ・キル』のジェズ・バターワースが参加して、ドラマチックなストーリーを構築。この脚本をもとに、『アメリカン・ビューティ』や『ロード・トゥ・パーディション』などで知られるサム・メンデスが腕をふるってみせた。
『007 スカイフォール』では、ボンドは自分の分身のような敵を相手に、敬愛するMを護るべく奮闘。これまで紹介されたことのなかった生家で自らのルーツを明らかにしつつ、“愛する人を護れない”悔いに決別しようとする。敵がボンドと合わせ鏡のような存在で、Mの過去の“亡霊”という設定のなかで、メンデスは迫力のあるアクションで惹きつけながら、ボンドが過去と向き合うドラマ部分に注力していく。

 メンデスの姿勢は本作でさらに進化している。ここでのボンドは“護れなかったM”との過去に縛られている。冒頭から“新たなM”を無視してまでも“護れなかったM”の願いを果たそうとするのだ。そのミッションを通して、ボンドは自身の因縁が現在に続いていることを思い知らされる。
 映画は“死者の日”の祭で沸くメキシコシティから幕を開ける。ここに現れたボンドはひとりの男を標的にする。彼の指から謎の刻印の指輪を奪ったボンドは、イギリスに帰国、無断行動を行なったとMから叱責を受ける。だが、これは“護れなかったM”の遺言だった。彼はイタリアに向かい、メキシコで殺した男の妻ルチアに近づいて、男が属している組織の会議の会場に潜入する。
 そこで組織がスペクターであることを知る。やがて首領エルンスト・スタヴロ・ブロフェルドの正体を知った時、すべてが自分の因果に端を発していることを悟る。
 一方、ボンドの属するMI6が合同保安部MI5のチーフCによって統合を迫られていた。Cは世界9カ国の情報を共有する情報網を実現化していようとしていた。00番号のエージェントを廃止するというのがCの狙いでもあった。
 ボンドはスペクターの全貌を明らかにすべく、旧敵ミスター・ホワイトのもとに赴き、余命わずかな彼から、娘マドレーヌの生命を護ることを条件に手がかりを得る。ボンドはマドレーヌをスイスの山中で救い、ミスター・ホワイトの手がかりをたどってモロッコに向かう。やがて、ふたりの前にブロフェルドが姿を現し、ボンドのこれまでの戦いすべてに彼が関係していたこと、ボンドを目の敵にする動機を告げる。
 その時点でボンドはすでにマドレーヌに対して少なからぬ好意を抱いていた。ボンドは“愛する人を護れない”定めを覆すことができるのか。ブロフェルドの野望を阻止することができるのか――。

 まこと本作を見れば、クレイグ版4作品がひとつの流れとしてつながっていることが得心できる。ここにおいて、スパイとしてのスキルを上げたボンドが初めて自らの行動に対して虚しさを覚えると同時に、自分の未来に向かってひとつの決断をするのだ。『007/カジノ・ロワイヤル』では未熟な部分もある野心的な存在として登場したボンドが、人間として成長したことがきっちりと示される。“ジェームズ・ボンド”シリーズには数々の傑作があるが、この4作に関しては別格。ボンドの内面に分け入った点で特筆に値する。
 メンデスはアクション部分とドラマ部分とのメリハリをつけながら、1本の作品として違和感なく縫い合わせている。あくまでもエンターテインメントとしての醍醐味を満喫させながら、ひとりのスパイの葛藤のドラマとして結実させている。みていて、予断を許さず画面に釘づけにさせる面白さである。これでクレイグ版は完結と思っていたが、なんとクレイグ版はもう1本あるのだとか。このラストから、どのように続けるのか、それはそれで興味津津である。

 4本、ほぼ10年にわたってボンドを演じてきたクレイグは、タフさと精悍さを育みつつ、どこか一途な思いに貫かれているキャラクターをみごとに体現している。アクションのこなし方もふくめ、油の乗り切った印象だ。
 嬉しいのは『イングロリアス・バスターズ』で個性を発揮したクリストファー・ヴァルツがボンドと因縁のある役で出演していることだ。ひょうひょうとしているようで腹に一物、カメレオンのように感情を豹変させるキャラクターはまさに適役というしかない。
 さらに女性陣も『マレーナ』以来グラマラスな美女の代名詞となった感のある、イタリアの宝石モニカ・ベルッチがルチア役で映画を彩れば、マドレーヌ役は『アデル、ブルーは熱い色』のレア・セドゥ。決して凄い美人の印象はないが、健気なキャラクターをくっきりと画面に焼き付けている。さらにレイフ・ファインズ、ベン・ウィショーなどレギュラー陣も健在だ。

 サム・スミスの主題歌「ライティングズ・オン・ザ・ウォール」も心に残るし、冒頭におなじみの銃口のシーンが登場するのも嬉しい。イギリス、アメリカをふくめ、全世界で驚異的なヒットを記録しているのも納得できる。掛け値なしに楽しめる、正月にふさわしい作品である。