『チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密』は1960年代の犯罪コメディをほうふつとさせる、楽しい仕上がり。

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『チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密』
2月6日(金)より、TOHOシネマズ スカラ座・みゆき座ほか全国超拡大ロードショー
配給:KADOKAWA
©2014 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.
公式サイト:http://www.mortdecai.jp/

 

 来日するたびに話題となるごとく、ジョニー・デップに対する日本人の好感度は高い。確かに彼の主演作は常に注目されているが、仔細に見ると、日本でヒットした作品はいずれもデップがカリカチュアされたキャラクターを演じたものばかり。喰えない海賊のジャック・スパロウに扮した『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズを筆頭に、チョコレート王ウィリー・ウォンカを演じた『チャーリーとチョコレート工場』や、おかしな帽子屋で弾けた『アリス・イン・ワンダーランド』など、どちらかといえばアニメーションに登場するキャラクターを実写でみせている印象だ。
 こうした彼のイメージはティム・バートンとの出会いが形成したものだ。なにせ彼の出世作はバートン監督の『シザーハンズ』。ハサミ男の悲哀を演じきって世界的に注目されて以来、デップは『エド・ウッド』から『ダーク・シャドウ』まで、バートン世界のアニメーション的キャラクターを演じ続けている。
 一方で、ラッセ・ハルストレムの『ギルバート・グレイブ』やテリー・ギリアムの『ラスベガスをやっつけろ』、マイケル・マンの『パブリック・エネミーズ』など、個性の強い監督とシリアスに役に向き合う作品も選んできた。たとえヒットしなくても、こうした作品に意欲的に出演し続けるのは、俳優としてのスキルを常に磨いておきたいとの思いからだろう。

 昨年のシリアスなSF『トランセンデンス』に続く本作は、日本人の好きなアニメチックなキャラクターで勝負している。キリル・ボンフィリオリのユーモアに満ちたミステリ小説「チャーリー・モルデカイ1 英国紳士の名画大作戦」を原作に、破産寸前の貴族にしてインチキ美術商モルデカイを弾けて演じてくれる。
 モルデカイは見栄っ張りで浮世離れ、オトボケでありながら喰えない一面もあるキャラクター。聡明な美人妻ジョアンナとタフな力仕事ならお任せの従者ジョックの協力のもと、ジョアンナに惚れているMI5の警部補マートランドを利用しつつ、ヤバい事件に分け入っていく展開だ。
 脚本のエリック・アロンソンはイギリス政府の仕事をしていたとき、ボンフィリオリの原作に出会い、脚本化。その脚本はまわりまわってデップの手に届き、原作が好きだったデップが『シークレット ウィンドウ』で組んで以来、仲のいいデヴィッド・コープに打診。コープが引き受けたことで映画化が決まったという。したがってデップはプロデュースにも名を連ねている。
『スパイダーマン』や『パニック・ルーム』など脚本家として名高いコープは、本作ではどこまでも軽快でカリカチュアを貫いた犯罪コメディに仕立てている。1960年代に流行った『ピンクの豹』をはじめとする洗練された泥棒コメディを、現代風のテイストを織り込みつつ再現した風情。どこまでもおかしく、最初から最後まで笑える仕上がりだ。
 出演は、デップに続いてジョアンナに『アイアンマン』シリーズで健在のグウィネス・パルトロー。マートランドに『ゴーストライター』のユワン・マクレガーを配し、ジョックには『ツーリスト』や『トランセンデンス』でデップと共演したポール・ベタニー。まさに脂の乗った俳優たちが、それぞれ肩の力の抜けたコメディ演技で勝負している。

 貴族の美術商モルデカイはヤバい仕事に手を染めながらも、財政状態は火の車。妻のジョアンナに安らぎを求めたくても、モルデカイが蓄えたヒゲに“えずいて”キスもしてくれない。
 ところがMI5の警部補マートランドがうまい話を持ち込んできた。美術修復師が殺され、ゴヤの幻の名画が何者かに盗まれたという。捜査に協力すれば、保険金の10パーセントが入ってくる。だが、そんなことで満足するモルデカイではない。あわよくば名画自体を手に入れたいと考えた。
 モルデカイが調べていくうちに、事件には国際テロリスト関係し、その名画にはナチの隠し口座が秘められているらしいとの伝説も浮上する。だが、モルデカイは安穏としていられなかった。事件に絡んでいるとの噂が流れ、テロリストに狙われ、ロシアン・マフィアに拉致されてしまう。
 タフなジョックの助けで窮地を脱したモルデカイはアメリカの大富豪のもとに赴き、事件の意外な顛末を知ることになる――。

 おっちょこちょいでずるいところもあるが憎めない、愛嬌のあるキャラクターをデップが活き活きと演じている。口は達者ながら非力な貴族と有能な従者という図式のもと、従者が貴族によって悲惨な目にあうパターンはイギリスのコメディの定番。ここでもモルデカイのしでかしたことでジョックが痛い目にあうギャグがいたるところで登場。下ネタからアクション・ギャグ、とぼけたセリフの応酬まで全編に笑いが盛り込まれている。
 ちょっとモンティ・パイソン的なブラックなテイストがありながら、展開はスピーディ。笑いながら、痛快なエンディングが待ち受けている。コープは『シークレット ウィンドウ』とは打って変わって、ノリのいい笑いを前面に押し出した演出を披露して快調だ。

 作品の魅力はやはりデップのとことん誇張した成り切りぶりだ。カイゼルひげを蓄えて、コミカルの一語。ドジな行動を繰り広げながらも、輝きを失わない。パルトローやベタニー、さらにマクレガーのサポートのもと、モルデカイ像をくっきりと画面に焼き付けてみせる。シリーズ化も狙えるほどの適役だ。
 もちろん、脇のキャラクターも練りこまれている。絵にかいたようないい女ぶりを発揮するジョアンナをパルトローが気持ちよさそうに演じれば、ジョアンナに惚れぬき、手玉に取られるマートランドをマクレガーが生真面目に演じきる。
 なかでもご主人にひどい目にあわされるジョックが秀抜だ。武術、運転、なんでもござれでしかも精力絶倫。女性であれば誰でも歓迎するという一面を持つ。『レギオン』や『プリースト』などでアクション・ヒーローを演じたベタニー、ここでは表情を変えずにとぼけた味をみせてくれる。
 この他、『NY心霊捜査官』のオリヴィア・マンに加えて、『ザ・フライ』のジェフ・ゴールドブラムも顔を出す。個性派ぞろいの豪華なキャスティングである。

 全編に流れる音楽を担当したのは『シークレット ウィンドウ』でデップとコープと組んだジェフ・ザネリと、イギリスのDJにしてシンガー・ソングライターのマーク・ロンソン。グラミー賞で最優勝プロデューサー賞に輝いたことのあるロンソンは、1960年代、1970年代の犯罪コメディを彩った映画音楽のテイストを再現している。作品の魅力をさらに鮮明した素敵な音楽である。

 固いこといわずにただ楽しむ作品。アメリカでは興行的にあまり評価されなかったようだが、洒落の分かる人なら存分に楽しめる仕上がりだ。