『トラッシュ!‐この街が輝く日まで‐』は、いかにも英国作品らしい、心弾む少年冒険物語!

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『トラッシュ!‐この街が輝く日まで‐』
1月9日(金)より、TOHOシネマズみゆき座ほか全国ロードショー
配給:東宝東和
©Universal Pictures
公式サイト:http://trashmovie.jp/

 

 これまで手がけたすべての作品がアカデミー賞にノミネートされている存在となると、まずスティーヴン・ダルドリーが頭に浮かぶ。第1作となった2000年の『リトル・ダンサー』では監督賞を含む3部門、続く『めぐりあう時間たち』では作品賞、監督賞をふくむ9部門にノミネートされ、主演のニコール・キッドマンにオスカーをもたらした。さらに第3作の『愛を読むひと』では5部門が候補にあがり、ケイト・ウィンスレットが主演女優賞を獲得。第4作の『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』では作品賞と助演男優賞にノミネートされている。作品数は決して多くないがアカデミー賞に絡む確率は100パーセントだ。
 ダルドリーはステージで演出力を育んだ存在で、これまでに100を超える舞台の演出を経験した。2012年にはロンドン・オリンピック・パラリンピックの開会式と閉会式のクリエティヴ・エクゼクティヴ・プロデューサーも引き受けてもいる。
 本作はそんなダルドリーが2014年に発表した少年のアドベンチャー・ドラマだ。ゴミ捨て場で生活している少年たちが、いわくありげな財布をみつけたことから事件に巻き込まれる。少年たちの知恵と勇気が爽快に綴られるストーリーだ。
 インドやブラジルなど、さまざまな国で教鞭をとった経験を活かしたアンディ・ムリガンの児童小説「トラッシュ」をもとに、『ノッティングヒルの恋人』や『戦火の馬』などの脚本で知られ、監督としても『ラブ・アクチュアリー』や『パイレーツ・ロック』などで確かな手腕を発揮したリチャード・カーティスが脚色。原作では背景となる地域は特定されていないが、映画化にあたってはブラジルのリオデジャネイロと定め、ブラジル出身で『シティ・オブ・ゴッド』などを生みだしたフェルナド・メイレレスに協力を要請した。さらにカーティスの脚本をポルトガル語化するために、ブラジル映画界で活動するフィリペ・ブラガが起用され、少年たちのことばがリアリティのある響きに変えられていった。
 メイレレスのアドバイスによって、撮影は『闇の列車、光の旅』のアドリアーノ・ゴールドマン、美術は『シティ・オブ・ゴッド』のトゥーレ・ピークと、ブラジルを熟知している映画人が起用された。これまでみたことのないリオデジャネイロの風景、スラム街の剣呑な雰囲気が巧みに映像に焼きつけられている。
 出演者は1年をかけたオーディションで選ばれたリックソン・テベス、エデュアルド・ルイス、ガブリエル・ウェインスタインという無名の少年たち。加えて近年は脇役として渋い存在感をみせる『地獄の黙示録』のマーティン・シーンがスラムで活動するアメリカ人神父に扮し、『ソーシャル・ネットワーク』やデヴィッド・フィンチャー版『ドラゴン・タトゥーの女』で脚光を浴びるルーニー・マーラがボランティア女性役で続く。シーンはフィリピンのスモーキー・マウンテンでチャリティ活動を10年近く続け、マーラもアフリカのナイロビで同様の活動をしているという。現実の場で生活の糧を得るためにゴミ山を這いまわる人々を支援してきたふたりは、いわば映画の意義を感じて出演したかたち。
 もっとも、映画はなにより痛快なエンターテインメントに仕上がっている。リオデジャネイロの入り組んだスラム街を縦横に活かしたアクション、チェイス。スリリングで予断を許さない語り口で、最後まで飽きさせない。これぞ少年主導のダイナミックなアクション快作だ。

 リオデジャネイロ。ひとりの男がアパートを警察隊に急襲され、あわてて財布を外に投げ捨てる。その財布はゴミ収集車に載り、郊外のゴミ捨て場に運ばれた。
 膨大なゴミの山のなかから、財布を見つけたのはラファエルという少年。彼は親友のガルドとともに、この財布をどうするか思案していると、警察がゴミの山に乗り込んできた。刑事がふたりを見咎めて、財布をみつけたら謝礼をすると語りかける。
 どうやら財布には大切なものが秘められているらしい。ラファエルは下水道で暮らしているラットを仲間に引き入れ、財布に隠された秘密を解こうと試みる。だが、ふたりが何か隠していると感じた刑事は、ラファエルを拉致し暴行を加える。
 殺されても不思議のない状況を脱したラファエルは何があっても財布に隠された秘密を明らかにしようと決心する。信じられるのはガルドとラットのみ。財布に残されていたポケットカレンダー、アニマル・ロトのカード、コインロッカーのカギから、3人は思いもよらない事実に突き当たる――。

 英国人監督によるBRICsを舞台にした躍動感に満ちた成功譚というと、どうしても『スラムドッグ$ミリオネア』を思い浮かべるが、本作の方が痛快さにおいて勝っている。
 主人公の少年たちは、ストリートの厳しさを知りぬいている分、やみくもに大人を信用しない。たとえ、善意のアメリカ人神父やボランティア女性であっても同様だ。彼らの日頃の努力に感謝しながら、利用することはあっても100パーセント、心を開くことはない。3人は自分たちの生存本能に従い、友情を武器に現実に立ち向かっていくのだ。
 甘えもなく、泣き言もない。ただ知恵と勇気で生き抜いていく3人のハードボイルドな姿を、ダルドリーはきびきびと映像化している。これまでの作品は文学臭の高い作品が多かった彼だが、ここではアクション主導。少年たちの素早い動きをスピーディに紡いでいく。とりわけスラムの細い路地を活かした、警官とのチェイスの迫力は手に汗を握る迫力。少年たちだからこそ逃げうる趣向に、思わず拍手を送りたくなる。
 カーティスが意図したように“『ボーン』シリーズ少年版”の趣。しかも財布に残されたアイテムから謎を解明していく面白さと相まって、最後の最後まで楽しませてくれる。スラムの少年たちを軸にしているため、ブラジル社会の格差、政治・権力の腐敗を仮借なく描き出している。このあたりの鋭い舌鋒はメイレレスの意見も入っているのだろうが、ストレートさに驚かされる。

 映画はあくまでも少年たちの魅力で引っ張られている。ラファエル役のテベス、ガルド役のルイス、ラット役のウェインスタインともリアルな存在感が特筆ものだ。実際にテベスはスラムで暮らし、ルイスも祖母と二人暮らしの身の上で、サンバチームで太鼓を担当しているという。ウェインスタインだけがテレビシリーズに出た経験があるというが、素人であることに違いない。ことばの違うハンデをものともせずに、3人の個性を存分に引き出したダルドリーに拍手を送りたくなる。『リトル・ダンサー』の頃から子供の魅力をリアルに焼きつける名人。面目躍如たるところだ。

 痛快で、爽やかで楽しい。多分、本作に限ってはアカデミー賞にノミネートされることはないと思うが、ダルドリーの新たな面を堪能できる。アントニオ・ピントの音楽も素敵だし、一見をお勧めしたい。