『ジミーとジョルジュ 心の欠片(かけら)を探して』は、名匠アルノー・デプレシャンがふたりの男の心の軌跡を紡いだ注目作。

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『ジミーとジョルジュ 心の欠片(かけら)を探して』
1月10日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか、全国順次公開
配給:コピアポア・フィルム
©2013 Why Not Productions-France 2 Cinema-Orange Studio
公式サイト:http://kokoronokakera.com/

 

 アルノー・デプレシャンはフランス映画界のなかでも常に気になる存在だ。1992年の『魂を救え!』を皮切りに、傑作の『そして僕は恋をする』や『エスター・カーン めざめの時』、『キングス&クイーン』に2008年の『クリスマス・ストーリー』まで、どの作品も映画をみる喜びに浸らせてくれた。初めてプレスとして訪れたカンヌ国際映画祭で『魂を救え!』に出会って熱狂して以来、いつもデプレシャン作品の公開を楽しみにしている。
 本作品は『クリスマス・ストーリー』から5年の歳月を経ての新作である。デプレシャンは『エスター・カーン めざめの時』で英語作品を既に撮りあげているが、本作で初めてアメリカで撮影を敢行した。しかも、主演に『トラフィック』や『21グラム』、『チェ』2部作などで知られるベニチオ・デル・トロと『そして僕は恋をする』以来のデプレシャン・ファミリーのマチュー・アマルリックを起用したというのだから、映画ファンならずとも食指が伸びるはずだ。
 本作は、デプレシャンが長年、映画化を模索していた、フランスの民族精神医学の権威ジョルジュ・ドゥヴルーの「夢の分析:或る平原インディアンの精神治療記録」をもとに、ブラックフット族のネイティヴ・アメリカン、ジミー・ピカードと、彼の治療にあたった精神分析医ジョルジュ・ドゥヴルーの軌跡を紡いでいる。脚色にあたってはブラックフット族に対する綿密なリサーチをもとにしてデプレシャンとフランスの脚本家ジュリー・ペール、さらにアメリカの映画批評家ケント・ジョーンズが担当。デプレシャン作品としては異例なことに、デル・トロとアマルリックが演じることを前提にした脚本になった。
 第二次世界大戦からの帰還後に、原因不明の症状に悩まされるネイティヴ・アメリカンのジミーと、都会的な自称フランス人精神医ジョルジュという、互いに正反対のキャラクターの男ふたりがカンザス州の軍病院で出会い、治療を通して、それぞれの心のありようをさらけ出す。精神分析が明らかにしていくミステリー的な興味、ふたりのキャラクターが影響しあい、次第に絆を結んでいく展開は、見る者を惹きこんで止まない。
 第二次世界大戦後のいかにものどかなアメリカの風景のなかで、アウトサイダーであるネイティヴ・アメリカンと自称フランス人が治療と絆を通して成長し、いわばアメリカ人としての人生を築くというストーリー。そこには“アメリカという世界は、人々がアメリカ人になる行為で成立している”という、デプレシャンの想いが反映されている。

 1948年、アメリカ・モンタナ州で暮らすネイティヴ・アメリカンのジミーは、第二次大戦から戻った後に原因不明の症状に苦しみ、カンザス州の軍病院に入院する。
 病状が判明せずに困りぬいた病院はフランス人の精神分析医ジョルジュに診断を頼む。彼は人類学者としてネイティヴ・アメリカン、モハヴェ族の実地調査の経験もあったからだ。
 ジョルジュにとっては初めての患者とあって、ていねいに対話療法を重ねていく。愛人のマドレーヌが治療完治を願うなか、療法によって症状を引き起こしたのは単なる戦争後遺症ではないことが明らかになる。
 むしろ幼少期の体験や女性に対する気持ちが影響しているのではないか。ジョルジュはジミーの心の闇に分け入っていくが、それは同時にハンガリー出身のユダヤ人というジョルジュ自身の出自や、深奥にも触れる軌跡となっていく――。

 ひとりの男の魂のなかに入り込んでいく冒険譚と形容すればいいか。対話治療による精神分析によって、ひとりの男が自分の闇に向き合い、やがて自分の人生を歩んでいく。そのアイデンティティをつかみ取るまでの過程は、みていて好感を覚える。
 治療を受けるジミーは内省的で静か、心のうちに苦しみを背負っている。そうした彼が自己中心的で空威張りという、性格も正反対のジョルジュと対話していくうちに、心を開く。
 今よりも遥かに差別意識があった時代。誰もネイティヴ・アメリカンの苦しみを真剣に取り合おうとはしなかった時に、仕事の開拓に必死なフランス人医師が耳を傾けたことでともに救われる。ともにアメリカ社会に異質であるがゆえに、共感と理解が育まれた。
 もちろん、デプレシャンは声高に差別を糾弾するわけでもなく、人種を超えた友情をてんめんと謳いあげているわけでもない。あくまでもさりげなく、ふたりの男が治療を通して影響しあう姿をまっとうに綴っている。闇を明らかにするミステリー的な面白さもふくめて、全編、映画としての魅力に富んでいて、観客をぐいぐいと惹きこんでいく。
 アメリカでロケーションを敢行し、全編が英語であっても、いささかの気負いも映像からは感じられない。“心の内部という小さな問題を西部劇のような大きな風景の中に移しかえることに美的観点で興味があった”とデプレシャンはコメントしているが、あくまでもストーリー、キャラクターにふさわしい映像が過不足なく紡ぐことに専念している。往年のアメリカ映画をほうふつとするような雰囲気があったりするのも、いかにも映画をこよなく愛するデプレシャンらしい。

 出演陣ではデル・トロとアマルリックの存在感が際立っている。ショーン・ペン監督作『プレッジ』のデル・トロをみて、ジミー役を依頼した。感情を内に秘めて耐える、疎外感に苛まれたキャラクターは、デル・トロがヒスパニックとしてアメリカで育んできた意識に通じるところがあるのだという。デル・トロを鬱の存在感とすれば、対照的に躁の存在感を披露するのがアマルリックだ。熊のようなデル・トロと、小動物のようなアマルリックは容貌的にも好一対。演技的にも対照の妙を堪能できる組み合わせとなっている。
 さらに『ノッティングヒルの恋人』のジーナ・マッキーがマドレーヌに扮するのをはじめ、『デッドマン』のゲイリー・ファーマー、『アンナ』のラリー・パインなど、共演陣も練りこまれている。

 デプレシャンは本作に影響を受けた作品として。ジョン・ヒューストンの『光あれ』やウィリアム・ワイラーの『我らの生涯の最良の年』、アルフレッド・ヒッチコックの『白い恐怖』、前述の『プレッジ』、コートニー・ハントの『フローズン・リバー』などの作品を挙げたという。本作に惹かれたら、これらの作品にも注目されたい。