『サンバ』は、ヒット作『最強のふたり』の監督と主演者が再び手を組んだ、ペーソスに満ちた大都会のドラマ。

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『サンバ』
12月26日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか、全国順次ロードショー
配給:ギャガ GAGA★
©2014 SPLENDIDO – QUAD CINEMA / TEN FILMS / GAUMONT / TF1 FILMS PRODUCTION / KOROKORO
公式サイト:http://samba.gaga.ne.jp/

 

 2011年に製作された『最強のふたり』は頸椎損傷の大富豪とスラム出身のアフリカ系青年の絆を、ユーモラスを交えて描き、東京国際映画祭では東京サクラグランプリと最優秀男優賞を受賞。凱旋したフランスで劇場公開されるや大ヒットを飾り、さらに日本では興行収入16.5憶円を挙げて、『アメリ』を抜いてフランス映画としては最大のヒットを記録してみせた。
 肢体不自由の弱者と社会的弱者が互いを対等な人間として認めたところから生まれた友情がコミカルな語り口で綴られる。実話をもとにしているというが、あまりに素直な描き方なので少し気恥ずかしくもあったのだが、この素直さが広くアピールした。監督したエリック・トレダノとオリヴィエ・ナカシュのコンビも、一躍、注目される存在となった。
 このコンビが『最強のふたり』で人気者となったオマール・シーと再度、チームを組んだのが本作である。ここではヨーロッパの殆どの大都市で社会問題化している不法移民に焦点を当てつつ、燃え尽き症候群に罹りながらも懸命に社会復帰を目指す女性を浮かび上がらせる。監督ふたりの弱者に対する誠実な眼差しはまったく変わっていない。
 アフリカ、アラブ、アジア諸国からヨーロッパ各国に流れ込む不法移民の数は増える一途。少しでも豊かな暮らしを求めて、時には危険な目にも遭う移民たちの流入はもはや抑えようもない状態にある。トレダノとナカシュは、移民の救済活動に従事したデルフィーヌ・クーランの体験をもとにした小説「Samba pour la France(フランスに捧げるサンバ)」に着目し、不法移民の主人公により分け入った作品に仕上げてみせた。キャラクターを膨らますにあたっては、当初からオマール・シーを念頭に置いたという。
 と同時に、原作にはない燃え尽き症候群の女性を設定することで、それぞれのキャラクターのもつ思いを際立たせた。立場や悩みの異なる弱者同士の触れあいを描くという意味では、ふたりの語り口は前作と共通している。
 本作で嬉しいのは前作以上にキャスティングが凝っていることだ。主演オマール・シーに対するのは、最近は『アンチクライスト』や『メランコリア』、『ニンフォマニアック』2作などのラース・フォン・トリアー作品ばかりが目立つシャールロット・ゲンズブール。コメディが苦手という彼女だが、不安と懸命に戦う女性像を軽やかに演じている。ユーモアとペーソスが立ち上がるパフォーマンス、彼女の存在が本作の魅力を倍増していることは間違いがない。
 加えて『預言者』の主演によってセザール賞の主演男優賞と有望若手男優賞をダブル受賞したタハール・ラヒム。“ジャニス・ジョプリンの再来”と騒がれる歌手であり、女優としてもセザール賞若手女優賞も手中に収めたイジア・イジュランなど、脇役陣も充実した顔ぶれが選りすぐられている。

 セネガルからやってきたサンバは、フランスに来て10年が経つのに、滞在不許可の通知とともに、収容所に送られてしまう。
 収容所には移民を支援するボランティア団体の面会でサンバは妙におどおどした女性アリスと出会う。楽天家の彼は緊張した彼女を気遣い、彼女の心にもサンバが強く印象付けられる。思わず彼女は彼に電話番号を教えてしまう。
 だが、裁判での判決は“フランス領土退去義務”。強制帰国ではないが、もう捕まることはできない。母親からは仕送りを催促され、サンバは目標である厨房の仕事ではなく、出自を問わない半端な仕事に精出すようになる。
 サンバは収容所で知り合った男ジョナスから近況を恋人に知らせるよう頼まれて彼女と会うが、ついフラフラと関係を持ってしまう。一方、アリストは次第に親しさを増すうちに、彼女はかつてエリートだったが、仕事の重圧に耐えきれずに燃え尽き症候群に罹っていたことを知る。彼女も彼女で、懸命に苛酷な現実と戦っている。
 サンバは自称ブラジル移民のウィルソンと仲良くなり、警察の取り締まりを逃れながら、アリスや彼女の同僚のマニュたちと過ごす時間も増えていく。しかし、ジョナスが難民申請を得て収容所を出てきたことで、大きな事件が勃発する――。

 不法移民の収容所や移民たちがひっそりと生活している地域など、パリを描いたこれまでの作品とは一線を画す風景が登場し、おなじみの場所も移民たちの視線で映し出される。トレダノとナカシュは、日常生活で目にする移民たちに着想を得てこの原作に行きついたとコメントしている。
 移民を人間として認め、その人生を思いやることが肝要だと語りかける。それは燃え尽き症候群で社会をドロップアウトしたヒロインの描き方にも共通している。重圧に負けて病を発症した女性も人間として理解すること。ここに監督たちの姿勢が表れる。
 本作では前作ほどコミカルなではないが、移民たちが不自由ななかでも生活を楽しく謳歌するエピソードが幾つも織り込まれる。主人公のサンバも清く正しくタイプではない、間違いも起こすキャラクターとして描かれ、ヒロインのアリスも決して暗いだけの存在ではない。サンバという存在を通して、アリスは自分をみつめなおし、再び社会復帰しようとするし、サンバもアリスの助力のもとに人生を自分の目標のもとで歩もうとする。厳しい現実の背景で、弱者同士が互いに影響しあうことで成長する。この監督たちが評価され、作品が好意的に受け入れられてヒットに結びつく所以である。

 出演者ではなんといってもオマール・シーの明るさが群を抜いている。屈託がなくて人懐っこく、誠実ながら男として失敗もしでかすキャラクターをみごとに演じきる。公開が決まったアメリカ映画『パーフェクト・プラン』では、クールなギャングを演じているが、本作のように、じんわりユーモアがにじみ出る役柄がぴったりとはまっている。
 さすがの存在感をみせるのはゲンズブールだ。情緒不安定で、キレやすい女性像を軽妙かつ哀愁をもって表現している。サンバに出会って、次第に回復していくプロセスをくっきりと演じてみせる。おどおどした風情から、少しずつ女性としての魅力をとりもどしていくあたりは、ゲンズブールならではのパフォーマンスだ。
 おまけにラヒム、イジュランも際立った個性を発揮して作品にリアリティと笑いをもたらしているし、まことキャスティングは充実している。

 現代のパリの貌を浮き彫りにしながら、爽やかな仕上がり。正月に心が温まる作品をお望みなら、一見をお勧めしたい。