
11月14日(金)より、TOHOシネマズ日比谷、109シネマズプレミアム新宿、新宿ピカデリー、グランドシネマサンシャイン池袋ほか全国ロードショー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2025 20th Century Studios
公式サイト:https://www.20thcenturystudios.jp/movies/springsteen
今から40年ほど前、海外の取材が頻繁に行われていた頃のことだ。ヨーロッパに出かけるときはアラスカのアンカレッジを経由することが多かった。
1時間程度のトランジットの間に土産物をみるか、きつねうどんを食べるしかないわけだが、2度目に訪れたときに、空港いっぱいに流れていたのが「ボーン・イン・ザ・U.S.A」だった。
ヘビー・ローテーションどころの騒ぎでなく、空白を惜しむかのようにブルース・スプリングスティーンの力強い歌声とサウンドが響く。たちまち、その歌が耳に焼き付き、歌手の名前とともにくっきりと印象付けられた。
この曲がアメリカ本土で差別されたベトナム帰還兵のことを題材にしているとしても、聴く者を鼓舞するような、沸き上がるパワーを感じさせる仕上がり。ロナルド・レーガンが大統領再選キャンペーンにこの曲を使いたがったというのは有名な話だ。
本作が描くのは1982年、ブルース・スプリングスティーンが自分のアイデンティティを求めて、孤独と葛藤の日々を送っていた時期を描き出す。ニュージャージーに留まり、名盤「ネブラスカ」を創作、周囲の反対を押し切っても自らの音楽的方向性に固執する姿が紡がれていく。。
原作となったのはウォーレン・ゼインズの伝記「Deliver Me from Nowhere」。これに魅せられたスコット・クーパーが自ら脚本を書き上げ、映画化にこぎつけた。クーパーは2009年に落ち目のC&Wシンガーの軌跡を描いた『クレイジー・ハート』で知られている。この作品は主演のジェフ・ブリッジスにアカデミー主演男優賞、歌曲賞をもたらし、クーパーの名は一躍、メジャーなものとなった。どちらかというと市井の人々の心情、機微を描くのに長けた匠である。
本作でもスプリングスティーンのスタッフ、家族、恋人との関わりをリアルに浮かび上がらせる。地に足がついた人々が織りなす人生のドラマといった風情が画面に反映され、見る者の胸に染み込んでくる。
とりわけ「ネブラスカ」に収められた楽曲の数々のシリアスな内容に呼応して、1982年のアメリカ東部の庶民の雰囲気がじっくりと映像化されている。
この手の作品の常道として出演者の容姿が似ていることが必須だが、本作も例外ではない。スプリングスティーンには『アイアンクロー』やテレビの「一流シェフのファミリーレストラン」などで知られるジェレミー・アレン・ホワイト。ほぼ完ぺきな成り切りを見せれば、共演陣も実力者揃いだ。『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』のジェレミー・ストロング、『帰らない日曜日』のオデッサ・ヤング、『ボイリング・ポイント/沸騰』のスティーヴン・グレアム、『リチャード・ジュエル』のポール・ウォルター・ハウザーなどなど、個性豊かな演技派が勢揃いしている。
1982年、ニュージャージーを故郷にするスプリングスティーンは、キャリアの岐路を実感していた。
人生の大きなターニングポイントを迎え、苦労してつかんだ名声の影で深い孤独と葛藤に揺れていた。
成功の重圧と自らの過去に押しつぶされそうになっていたのだ。
ひとり自室にこもり、誰にも頼らずに4トラックの録音機でアルバム「ネブラスカ」の制作を始める。
父との確執、恋人フェイとの時間、幼き日の母との思い出、そして痛みが制作には込められていた――。
それほどドラマチックなことが起きるわけではないが、スプリングスティーンの心の彷徨がきめ細かく綴られ、精神の不安定さをも明らかにしていく。それだけシリアスに制作に向き合い、素晴らしい楽曲を生み出した軌跡がみごとに映像に焼き付いた。スコット・クーパーの演出はまことに素晴らしい。
ジェレミー・アレン・ホワイトの熱演、熱唱も特筆に値する。これは一見に値する作品である。