『アスファルト・シティ』はニューヨークの救急医療現場をリアルに描き出したスリリングな人間ドラマ。

『アスファルト・シティ』
6月27日(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
配給:キノフィルムズ
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公式サイト:https://ac-movie.jp
 

 消防士と救急隊員を描いた作品は、人命優先、犠牲的献身を厭わないキャラクターに設定されていると、素直に称えたくなる。他者を救うために自らを投げうつのはまさにヒロイズムそのもの。理屈抜きにストーリーに入り込んでいける。たとえば2001年のニューヨーク同時多発テロの時には多くの消防士、救急隊員が犠牲になったが、その実話をもとにした作品もいくつも製作されている。自己犠牲は見る者を感動させるのだ。

 本作はそうした救急隊員の姿をリアルに捉えている。舞台は人種の坩堝ニューヨーク、ハーレム。ギャングの抗争やDV、ドラッグのオーバードーズなどの通報が途切れることなく救命救急隊のもとに寄せられる。事態は急を要するし、なかには言葉の通じない相手も対処しなければならない。地獄のような状況で身も心も疲弊するばかり、そんな救急隊員の生の姿を本作は浮き彫りにしている。

 メガフォンを取ったのはフランス出身のジャン=ステファーヌ・ソヴェール。2007年にアフリカの少年戦士を描いた『ジョニー・マッド・ドッグ』で鮮烈なデビューを果たし、続く『暁に祈れ』では、タイの刑務所に収容されたイギリス人ボクサーの顛末をリアルに描いた実録ドラマで話題を集めた。

 ソヴェールはマーティン・スコセッシやジョン・カサヴェテス、アベル・フェラーラ、ウィリアム・フリードキンなどの作品に魅せられ、自分もニューヨークを背景にした作品を撮ることを熱望していた。出会ったのがシャノン・バークの小説「Black Files」で、これが本作の原作となった。ただ、ソヴェールは原作の時代が1990年代になっていることに引っ掛かり、あくまで現代であることに固執した。

 ニューヨークの今を映像化したいとの監督の思いは当然ながら、ストーリーにも反映する。現在の大きな病巣となっているという医療制度の崩壊を浮かび上がらせることもその一環だ。脚本にはライアン・キングとベン・マック・ブラウンが担当。ともにニューヨークで活動する才能で、監督の意を汲んだ世界を構築している。

 なにより嬉しいのは充実したキャスティングにある。ニューヨークの救急作業という阿鼻叫喚の世界に挑む若き隊員7に『レディ・プレイヤー1』のタイ・シェリダン。主人公に係るベテラン隊員に『ミスティック・リバー』と『ミルク』で2度のアカデミー主演男優賞に輝いたショーン・ペンが起用されている。さらに『ドリーマーズ』のマイケル・ピット、元ヘビー級チャンピオンのマイク・タイソンも俳優として出演している。多彩な顔ぶれである。

 ニューヨークのハーレム。クロスは大学の医学部を目指し、救急隊員の新人として働き始めた。

 救助の要請は絶えず鳴り響き、目を覆うような傷や病の患者たちで休む暇もない日々が続く。

 やがてクロスは腕のいいベテラン、ラットとコンビを組み、仲良くなるが、ラットは同時多発テロの後遺症に苦しんでいた。

 ふたりのチームワークは抜群だったが、薬物中毒女性の早産の通報に急行したとき、ふたりの人生は大きく狂っていく――。

 ソヴェールは全編、ブルックリンでロケーションを敢行し、どこまでもリアルに街の匂いを映像に焼き付けていく。リアルな迫真力を求めて、手持ちカメラで救急隊員の活動をサスペンスフルに切り取るあたりはその真骨頂。決して美しくはないが、どこまでも人間的な街の貌を際立たせて見せる。ハードボイルドでビターな雰囲気を維持しながら、医師志望の若者の成長物語として成立させたところは称賛に値する。

 俳優たちも素晴らしい。タイ・シェリダンが否応もなく、人生のあくたを知る若者をパワフルに演じ切れば、癒しがたい傷を背負ったラット役のショーン・ペンが圧倒的な存在感を披露する。ペンはプロデュースにも参画するほど、作品実現に協力したとか。画面に漲る個性。さすがである。

 救命救急隊員をどこまでも迫力いっぱいに描き出した人間ドラマ。一見に値する作品といっておきたい。