
5月9日(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、WHITE CINE QUINTO、渋谷シネクイントほか全国ロードショー
配給:ギャガ GAGA★
©2024 The Apartment S.r.l., Fremantle Media North America, Inc., Frenesy Film Company S.r.l. ©Yannis Drakoulidis
公式サイト:https://gaga.ne.jp/queer/
以前、英国人俳優にインタビューするたびに、俳優としての誇りについて尋ねることにしていた。彼らは一様に「役を選ばない」、「どんな役でも演じられる」ことを身上としていた。つまりはどんな役が来ようとも、演じ切れるだけのスキルがあることを目指しているという。俳優とはなによりも演技のプロフェッショナルであることが矜持と、彼らは語った。
どんな役でも演じ切るためにチャレンジし続けること。私が話を聞いた英国人俳優の殆どがそこに俳優としての存在理由があると考えていた。
6代目ジェームズ・ボンドとして華々しい人気を博したダニエル・クレイグもそうしたひとりだろう。アクの強いマスクで初期はワキで異彩を放ち、1998年の『愛の悪魔/フランシス・ベイコンの歪んだ肖像』あたりから認知度を高める。『ロード・トゥ・パーディション』や『レイヤー・ケーキ』、『ミュンヘン』などで存在感を高めていった。
ジェームズ・ボンドに抜擢された後も、並行して『カウボーイ&エイリアン』や『ドラゴン・タトゥーの女』、『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』などに出演。単なるボンド役者では終わらないという意識の高さを感じさせた。
ボンド役者を引退したクレイグは、シリーズの『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』に主演した後に本作をあえて選んだ。
本作は、ビート・ジェネレーションを代表する作家にして、後のデヴィッド・ボウイやカート・コバーンなどが「メンター」として慕ったウィリアム・S・バロウズの自伝的小説の映画化。
クレイグは徹底的なリサーチを施した後、この作品を選んだ。それも道理、何といっても製作に挑んだ顔ぶれが凄い。
監督が注目の『君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノで、脚本はグァダニーノと、『チャレンジャーズ』で彼と組んだジャスティン・カリツケス。撮影は『僕の名前で君を呼んで』のタイ人監督サヨムプー・ムックディプローム、さらに音楽がトレント・レズナー&アティカス・ロスが担当した。
まさにグァダニーノの映像世界を補強する最強メンバーが集結した感じだ。ここにクレイグが魅力を感じても当然に思える。
1950年代のこと。メキシコシティでアメリカ人駐在員のウィリアム・リーは酒とクスリに溺れる無頼の日々を送っていたが、孤独に苛まれていた。
ある日、通りすがりに美しい青年、ユージーンに出会ったことでウィリアム・リーの日々は激変する。何気なさを装いつつ近づき、ふたりで行動するようになるが、ユージーンは自分のことは決して語らなかった。
彼の心に触れたいと願うウィリム・リーはある日、一線を超える。だがそれでもユージーンの内面には踏み込めない。孤独がさらに深くなったウィリアム・リーは奇妙な体験のできる南米旅行にユージーンを誘い出す――。
あまりにも一途なウィリアム・リーの行動に惹きこまれ、ただただルカ・グァダニーノの巧みな語り口に舌を巻く。ここには同性愛、異性愛を越えて、愛する男のいじらしさ、切なさが画面いっぱいに表現されている。孤独に身悶えする中年男をクレイグが熱演し、これまで演じてきたキャラクターとは一味違うイメージを披露している。みっともなさも構わずに一途に愛を求める姿がなんとも新鮮に映る。
ユージーンを演じるドリュー・スターキーはテレビが主な活動の場らしいが、なかなかのクール・ビューティぶりを発揮する。彼の周りをクレイグが右往左往する展開はみていて説得力を感じさせる。
ルカ・グァダニーノは本作をローマ・チネチッタ撮影所で撮ることにこだわった。バロウズのイメージが反映された脳内のメキシコシティ、南米を映像化することに固執した。あくまでも人工的で刹那的な世界。そこにニルヴァーナやプリンスの音楽が挿入され、ダニエル・クレイグが愛に悶える。
まさにウィリアム・バロウズに触発された映画人が一堂に介し、幻想的で切ない愛の世界を構築した。一見をお勧めしたい。