
3月28日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館、ユーロスペースほか全国ロードショー
配給:アークエンタテインメント
©Vestapol,Ark Entertainment,Minded Factory Katsize Films,The Y House Films
公式サイト;https://www.ravens-movie.com/
日本は島国のせいか、非日本人が日本人、あるいは日本社会を描くことは難しい。昨年配信ドラマ「SHOGUN 将軍」が日本をよく描けていると話題となったが、それでも違和感はなくもなかった。日本人のニュアンスから微妙に外れる点がいくつか見られた。
それも無理はない。ロジカルに事を運びたい西欧諸国にとっては理解できない情緒が日本にはあるからだ。別に、日本人が特殊だというのではなく、西欧がもう少し理解の幅を広げてくれればいいだけの話。
そうして本作の紹介となる。『イングランド・イズ・マイン モリッシー,はじまりの物語』で注目を集めたマーク・ギルが20世紀後半に活動した伝説的カメラマン、深瀬昌久の人生に触れようとする。ギルは2015年にこのカメラマンの存在を新聞記事で知り、興味を掻き立てられたのだという。
深瀬の作品に触れ、ますます作品化することを確信したギルがリサーチを重ねるが、折悪しくコロナ禍に見舞われ、日本を訪れることもままならない状況に陥ってしまう。ギルは脚本をブラッシュアップし、日本上陸がかなってからロケハン、脚本の精度を上げた。フランス、ベルギー、スペイン、そして日本が製作に参画して準備が整った。
もちろん、日本のスタッフ、キャストが作品の中心になることは言うまでもない。
主人公の深瀬には『マイティ・ソー』をはじめ数々のアメリカ映画に出演、「SHOGUN 将軍」でも重要な役を演じた浅野忠信がキャスティング。さらに深瀬のミューズ、妻の洋子には『日本で一番悪い奴ら』の瀧内公美が抜擢された。
さらに父親役に『罪の声』の古舘寛治のほか、池松壮亮、高岡早紀が脇を固める。英国マンチェスター出身のギルが日本の俳優たちに、細やかな指導をした。それも作品の大きな魅力となっている。
1992年、深瀬昌久は無頼の生き方を貫いていた。自分の死の瞬間をカメラに収めることを目指しつつ、いつも失敗。なじみの酒場に入り浸る日々を送っていた。
1934年、北海道・美深町の写真館の息子として生まれた彼は、跡を継ぐことを望む父に反抗し上京。日本大学芸術学部写真学科に進む。これにより父との仲は決定的に壊れる。
1956年、大学を卒業した深瀬は鰐部洋子という女性に出会い、やがて結婚。洋子は能楽師になる夢があったが、カメラマンとして注目されていた深瀬は酒とクスリに溺れ、夫婦は傷つけあう日々を送った。
ニューヨークの近代美術館(MOMA)で写真展が開かれるほどに名声が高まるが、洋子との仲は最悪なものになる。離婚。
鴉をモチーフにした写真に熱中するが、憎しみあっていた父が死に、新たな生活を迎えた彼は馴染みのバーで階段から転落し、脳に致命的な損傷を追う――。
音楽業界から映像に進んだマーク・ギルだけあって、映像に音楽を絡ませることで、巧に時代を表現している。選曲を凝っていて、デーブ・ブルーベックの「KOTO SONG」からはじまって、梶芽衣子の「船にゆられて」、寺内タケシ&バニーズの「ヘイ・チャンス」、ザ・ダイナマイツの「トンネル天国」。
ニューヨークのシーンではヴェルヴェットアンダーグラウンド&ニコの「ユア・ミラー」と「毛皮のヴィーナス」が挿入される。 ラストはフランク永井の「有楽町で逢いましょう」、エンディング曲はロバート・スミスとザ・キュアーの「PICTURE of YOU」とくるから堪えられない。映像に乗せる音楽のセンスが抜群なのだ。
それにしても、異国を舞台に人間ドラマに挑んだ、チャレンジ精神に拍手を送りたくなる。日本の家族関係、夫婦関係にはあえて踏み込まず、自分の理解できる範疇で描き出すあたりはまことに賢い。深瀬が無頼に走る根底には、父親との確執にあったと解釈し、描き出してみせた。父との確執は彼の前作『イングランド・イズ・マイン モリッシー,はじまりの物語』に通じる。マーク・ギル自身のテーマなのかもしれない。あるいは無頼の本質をロックンローラーとみている節もあるが、異国の物語を無難にこなしている。
マーク・ギルの健闘は浅野忠信、瀧内公美の協力なしには成しえなかった。
1960年代後半から1990年代にかけての記憶が蘇ってくる。年齢の高い人ほど思いの強くなる作品だろう。