『アノーラ』はカンヌで絶賛され、アカデミーも最有力な最先端のロマンチック・コメディ!

『アノーラ』
2月28日(金)より、新宿ピカデリー、TOHOシネマズシャンテ、シネクイント、グランドサンシャイン池袋ほか全国ロードショー
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
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公式サイト:https://www.anora.jp/

『タンジェリン』(2015)や『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』などで、各国から熱い注目を集めたアメリカ映画界の異色の星、ショーン・ベイカーがついに世界絶賛、大向こうを唸らせる作品を送り出した。
 なんと本作はカンヌ国差映画祭パルム・ドール(最高賞)を手中に収め。各映画賞を賑わしながら、3月7日に決定される第97回アカデミー賞では作品、主演女優、助演男優、監督、脚本、編集の6部門にノミネートされている。常にアメリカ社会の底辺にいる人々の声を代弁してきたベイカーの姿勢がここにきて評価された感じだ。
 本作でベイカーが挑んだのは「シンデレラ・ストーリー」。といっても甘ったるいだけの代物ではない。自らの腕で幸せを勝ち取ろうとする、ロシア系アメリカ人ストリッパーの奮闘記だ。タフで逞しく、一途に成功を目指すヒロインの姿が軽快なタッチで描かれる。一見すると、身分違いの恋という古典的な設定に思わせながら、巧まざるユーモアと人間らしさを前面に押し出した仕上がりになっている。世の中は二元論では機能しない。清濁併せ呑む感覚が必要だと語りかけてくる。
 何より魅力的なのはヒロイン、アノーラを演じるマイキー・ディクソンだ。テレビシリーズ「ベター・シングス」で知られ、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』にも顔を出している。ベイカーと、プロデューサーでパートナーでもあるサマンサ・クァンが彼女のパフォーマンスを気に入り、抜擢。この機会にディクソンは飛びつき。ストリッパーでセックスワーカーというキャラクターにも異存はなかった。めげないで前を向く彼女の姿勢に共感する女性も多いことだろう。
 共演は『コンパートメントNo.6』のユーリー・ボリソフ。ヨーロッパでも知られたロシア人俳優で、本作では憎めないキャラクターでアカデミー賞ノミネート。さらにロシアで期待される若手マーク・エイデルシュテインに加え、ベイカー作品の協力者にして俳優の常連、ニューヨークのアルメニア系俳優のカレン・カラグリアン、同じくアルメニア系のヴァチェ・トヴマシアンが脇を固めている。

 ブルックリンのストリップクラブで働くアノーラは積極的に男性を勧誘し、貪欲に金を稼ごうと懸命だ。
 ロシア語ができることでイヴァンという青年に接客することになったアノーラはクラブから連れ出され、イヴァンが大金持ちの御曹司であることを知る。
 アノーラの魅力に惹かれたイヴァンは一週間の契約彼女になるように提案。目くるめく日々を過ごしたふたりは衝動的に結婚を決意し、ラスベガスで結婚式を挙げてしまう。
 ロシアに住む両親は娼婦と結婚することに猛反対。アメリカにやってくることになる。イヴァンはそそくさと逃げ出し、断固として戦うと宣言したアノーラに厳しい現実が待ち構えていたが、世の中はさほど捨てたものではなかった――。

 ベイカーは冒頭からアノーラの懸命な仕事ぶりをみせる。逞しくめげないキャラクターであることをきっちり知らしめてから本筋に入っていく。男たちを手玉にとるぐらいのタフさを持つヒロインがシンデレラを夢見たばっかりにどんな結末が待ち受けていたか。ベイカーはリアルだが救いのあるエンディングを用意してくれる。これくらいしたたかに生きねば、世の中を渡っていけない。これもアノーラに寄り添った展開なのだ。
マイキー・ディクソンは脱ぎっぷりの良さもふくめ、堂々たる熱演ぶりだ。知恵と肢体を駆使して、したたかに世の中をサバイバルするキャラクターになり切り、愛らしさも兼ね備えて、アカデミー・ノミネーションも納得でできる。

 おとな感覚で楽しめるロマンチック・コメディ。後味の良さも含めて、ひさびさに最後まで満喫した。こういう御伽噺もいいものだ。