
2月21日(金)より、新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次ロードショー
配給:セテラ・インターナショナル
© DONDE QUEMA EL SOL S.A.P.I. DE C.V. 2023
公式サイト:https://www.memory-movie-jp.com/
世の中には、決して派手な存在ではないが、どの作品にもくっきりと爪痕を残す俳優がいる。過剰な演技力を誇示するわけではなく、映像にしっかりと存在感を際立たせる。さしずめピーター・サースガードはその代表格といえるのではないか。
現在公開中の『セプテンバー5』では、突然にアラブ・テロに占拠されたミュンヘン・オリンピックの中継を担ったABCテレビ・スポーツ班のチーフを控えめに演じ、アンサンブルを巧みに維持していたのも忘れがたい。どんな役柄でもさらりとこなしてしまうのだ。
古くは『K-19』公開に合わせて日本に来日。確か2002年だったか。一度、インタビューしたことがある。その時点ではそれほどは際立って見えなかったのだが、以降、『ニュースの天才』〈2003〉や『愛についてのキンゼイ・レポート』(2004)をはじめ、『17 歳の肖像』(2009)、『エスター』(2009)、『ブルージャスミン』(2013)『ラブレース』(2013)『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(2016)などなど、クセのある作品で個性を発揮している。まことワキで輝く好例といってもいいだろう。
そんなサースガードが挑んだラブストーリーが本作となる。ここでもヒロインを務めるジェシカ・チャスティンの相手役として、いぶし銀の演技を見せる。
チャスティンはいうまでもなくカンヌ国際映画祭パルム・ドール作 『ツリー・オブ・ライフ』や『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』、『ゼロ・ダーク・サーティ』などで演技力が高く評価された。2021年第94回アカデミー賞において『タミー・フェイの瞳』で主演女優賞を獲得したことでも記憶に新しい。現在、脂の乗り切ったチャスティンにとっては、サースガードとの競演は望むところであったろう。
監督はメキシコ出身のミシェル・フランコ。『父の秘密』〈2012〉や『或る終焉』(2015)などリアルで仮借ない演出を見せてきた監督だが、中年を迎えて多少眼差しが優しくなってきた印象。本作ではフランコなりのロマンチックなラブストーリーと形容できるだろう。
13歳の娘とニューヨークで暮らすソーシャルワーカーのシルヴィアは、アルコール依存から克服して、静かな日々を送っていた。
妹に連れられ、高校の同窓会に出かけるが、そこで奇妙な男に出会う。男は彼女に微笑みかけ、帰路についても後をついてくる。
翌朝、アパートの前でうずくまる男の持っていた連絡先に電話をしてようやく迎えがやってきた。
謝罪を受けるために男の家を訪れたシルヴィアは、男がソールといい、若年性認知症であることを知る。
シルヴィアは高校時代に受けた忌まわしい出来事に関連していたと疑っていたが、無関係であることが分かる。彼女は昼間だけ彼の面倒をみることを、仕事として受ける。
こうしてシルヴィアとソールのつきあいが始まる。やがてソールよりもシルヴィアの心の傷が深いことが明らかになる。限りない優しさの持ち主ソールに彼女はどんどん惹かれていく――。
それぞれ深刻な現実を抱えている男と女が触れ合い、癒されていく。寒々としたニューヨークを背景に、シリアスだが救いのあるストーリーを、ミシェル・フランコは構築してみせる。これまでは過酷なままで作品を終わらせる、冷徹な監督だったが、本作ではともに助け合う姿で締めている。チャスティンが傷を抱えた女性像を熱演すれば。サースガードは愛に溢れたキャラクターをさりげなく演じる。ともに思うがままの自在な演技で画面に輝きをもたらしている。さりげなく後味のいい仕上がりである。
なにより、ニューヨークの飾らない街並み、そして効果的に使われるプロコル・ハルムの名曲「青い影」も情緒をもたらしている。大人に好まれる逸品だ。