
1 月 31 日(金より、)TOHO シネマズ シャンテ、kino cinema新宿ほか全国ロードショー
配給:SUNDAE
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公式サイト: https://sundae-films.com/dreamin-wild/
どんなに才能があっても、音楽業界でスターになるのは容易なことではない。実力はもちろんだが、成功を引き寄せるだけの運の強さ、時流に合っていることも求められる。
言い換えれば、一握りの成功者の傍らには夢を成し遂げられなかった無数の挫折者がいる。音楽界で寵児になることは本当に大変なことなのだ。
本作はそうした状況を的確に描いた実話である。音楽のアーティストに材をとった作品は数々あるが、その大半は知名度の高いスターばかり。認知度の高い存在の、よく知られた曲を挿入することが、こうした伝記映画の要となるわけだが、本作は異なる。かつて発表した1枚のアルバムが、30年後に評価されたという稀有な例を題材にしている。
発表当時に見向きもされず、後の時代にもてはやされるというケースは、音楽の好みが多様化した近年に起きる。この事例をあえて脚本化し、監督も務めたのは『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』のビル・ポーラッド。『アメリカン・ユートピア』では製作総指揮を務めるなど、音楽に造詣が深い彼が、アメリカ音楽業界に挫折した人々に贈るヒューマンドラマである。
映画は1979年に「Dreamin’ Wild」というアルバムを発表したドニー&ジョー・エマーソンに焦点を当てる。
彼らは才能を信じる父親がつくりあげたスタジオで数々の楽曲を生み出し、1枚のアルバムに結実させたが、世間から顧みられることはなかった。
それから30年ほどの時間を経て、突如、アルバムがコレクターに発掘され、埋もれた傑作として人気を博すことになる。
かろうじて音楽に縋り付いていたドニーは時ならぬ成功に複雑な思いを抱く。思いがけない成功に、単純に喜ぶジョーと父と再会したドニーは、否応もなく過去の感情、葛藤と向き合うことになる――。
音楽の才に恵まれ、繊細なドニーと、それほどでもない家族の葛藤がドニーの記憶とともに蘇ってくる。若かったころは一途ゆえに波紋を呼んだ事柄が、苦く思い起こされる仕掛け。ポーラッドの演出は深刻に陥ることなく、ドニーの心模様をさらりと浮かび上がらせる。音楽シーンも織り込んで、決して深刻になりすぎないのが身上だ。ワシントン州の田舎で自らの音楽センスを育み、才能を信じた父のおかげで、アルバムを生み出すことができた。そんな稀有な存在を称えてみせる。
キャスティングも魅力的だ。まずドニーには『マンチェスター・バイ・ザ・シー』でアカデミー賞主演男優賞を獲得したケーシー・アフレックを配した。アメリカの田舎にいそうな打ちひしがれた中年男を演じさせたら右に出る者がいない。ここでは繊細ゆえに女々しさも内包したキャラクターを見事に演じている。
さらにドニーの妻には『(500)日のサマー』のズーイー・デシャネル、若き日のドニーには『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』のノア・ジュブがそれぞれ起用されている。
そして父親は『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』のボー・ブリッジスが演じているのもうれしい。朴訥で善良なキャラクターを演じたらピカイチである。
音楽もののいいところは流れる楽曲で時代が蘇ること。本作でもボブ・ディランからレオン・ラッセル、ジャクソン・ブラウン、ローウェル・ジョージ、ドゥービー・ブラザースなどのナンバーが挿入される。もちろん、ドニー&ジョー・エマーソンの曲がメインになるのは言うまでもない。なかなかに素敵なセンスの持ち主であることは本作を見れば明らかである。ちなみにラストシーンで使われる「When A Dream is Beautiful」はドニー・エマーソンと妻のナンシーが新たに書き下ろしたものだという。
細やかで誠実な人間ドラマ。歌の魅力もふくめて心にしみる仕上がりだ。