近年、日本映画の製作本数の数の多さに驚かされる。すべてを鑑賞するのは容易なことではなく、勢い選ぶことになってしまうのだが、新作が出るたびに気になって足を運ぶ存在も少なくない。藤井道人もその一人である。
2014年に公開された『オー!ファーザー』で商業映画デビューを果たし、2019年にメガフォンをとった『新聞記者』が絶賛された藤井監督は、感涙ドラマの『余命10年』やアクションの『最後まで行く』、青春映画『青春18×2君へと続く道』など、1作ごとに異なるジャンルに挑戦して結果を残してきた。
本作は染井為人が2020年に発表した同名ベストセラーの映画化。『光と血』や『デイアンドナイト』でチームを組んだ小寺和久とともに脚本を仕上げ、きびきびしたテンポで進行する、理屈抜きのエンターテインメントに仕上げている。
脱獄した死刑囚の逃亡記というパターンを使いながら、逃亡犯が出会った人々とどのような絆を結んでいったかが綴られる。一方で死刑囚を執拗に追う刑事の捜査を並行して描きだしてサスペンスを高める趣向だ。
出演者もなかなかに新鮮だ。『噓喰い』や『線は、僕を描く』で個性を発揮した横浜流星が逃亡囚を演じ、『見えない目撃者』の吉岡里帆、SixTONESの森本慎太郎、『ゴールデンカムイ』の山田杏奈に加えて、松重豊、山田孝之が脇を締める。ヴァラエティに富んだ顔ぶれである。
日本中を震撼させた凶悪殺人事件の犯人として逮捕され、死刑判決を受けた鏑木が脱走した。
刑事の又貫は、逃走を続ける鏑木に出会った人々を取り調べる。しかし彼らが語る鏑木は、まったく別人のような印象の男だった。
さまざまな地域に移っては逃亡を続け、容姿を巧みに変えながら、潜伏を続ける鏑木。やがて彼が必死に逃亡を続ける真の目的が明らかになる――。
逃亡者と出会う人々の関係は昔のテレビシリーズ「逃亡者」をほうふつとさせるし、鏑木を追い詰める又貫の関係は『レ・ミゼラブル』のジャン・ヴァルジャンとジャヴェールに似ている。さまざまな人々と出会い、淡い絆を結ぶなかで。次第に鏑木の意図と心情、又貫の執拗さの理由が明らかになる仕掛け。藤井監督はリアルな筆致で、鏑木の逃亡を活写。彼に出会う人たちの生活を浮き彫りにしながら、追われる者、と追う者の軌跡をクールに描き出していく。
きびきびした語り口のなかで、面白く作ろうとの意思がにじみ出る。甘さを抑え、どこまでもサスペンスの醍醐味を満喫させてくれる。エンターテインメントのツボを押さえた藤井監督の演出には、脱帽したくなる。
俳優たちの頑張りも見逃せない。鏑木を熱演する横浜流星は出会う人たちの印象が全く違うように、扮装に趣向を凝らしてみせる。本当の顔が想像できないような変化ぶりに圧倒させられる。この熱演は一見の価値がある。
横浜流星を支える共演陣もそれぞれ流星の演技を受けて心に残る。とりわけ吉岡里帆のさりげない演技は素敵だ。一方、追う側の又貫に扮した山田孝之は事情を呑み込みつつ、ハードボイルドに徹するキャラクターをさらりと演じている。繰り返しになるがこのキャスティングは絶品である。
スリル満点の逃亡サスペンス。どこまでも面白さ本位に徹した仕上がりに拍手を送りたい。注目されたい。