『チネチッタで会いましょう』は映画を愛する人々が感涙する、ナンニ・モレッティらしい知的コメディ。

『チネチッタで会いましょう』
11月22日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
配給:チャイルド・フィルム
© 2023 Sacher Film–Fandango–Le Pacte–France 3Cinéma
公式サイト:https://child-film.com/cinecitta/

 日本では未だシネマコンプレックスを中心にした映画興行で推移しているが、アメリカのメジャー映画社は茶の間で鑑賞できる“配信”を軸に形態を変えはじめてきた。経費のことを考えても、配信は安価で済む。経済優先と考えれば、映画各社が配信を選択することは想像に難くない。この趨勢が世界に広まれば、映画館という存在は危機を迎えつつある。
 私のような世代にとっては、映画は映像に埋没できる唯一の手段だった。
 映画館は夢を育む場所そのものだった。
 暗闇に身を置き、スクリーンに映される映像をみつめ時を忘れる。見たい作品のためには電車を乗り継いでもかまわない。一本の作品にかける情熱はそれほど大きなものだった。
 だが経済効率を求め、フィルムからデジタルに移行。ついにはどこでも作品が見られる“配信”にまで至ってしまった。
 もちろん、じっくりとプロモーションをかけて認知を高め、映画興行で勝負する作品はヨーロッパ、アジア、アメリカ映画にも存在する。大きなスクリーンを観客がみつめ、映像世界を共有する喜び。映画は観客とともにあり。スクリーンをみつめる熱気が作品の価値を倍加する。本作も例外ではない。
 本作はイタリアのコメディの匠、ナンニ・モレッティが自らの映画に対する思い、愛を軽妙に紡いだ人間喜劇。作品内にモレッティの琴線に触れた作品、映画人たちが随所に散りばめられていて、映画好きなら応えられないコメディに仕上がっているのだ。ひたすら映画という表現を称え、そこに携わる人間たちを祝福する内容。みていて、何とも幸せな気分になる。
 題名の「チネチッタ」とは、多くのイタリア名画を製作した、歴史あるローマの撮影所のこと。モレッティは映画監督のジョヴァンニに扮して、トラブルが続く撮影現場で悪戦苦闘する軌跡を面白おかしく描いていく。

 ジョヴァンニはキャリア四十年のベテラン監督ながら、スタッフ、キャストとの間にズレを感じている。
 現在、撮影しているのは、1956年のソ連によるハンガリー侵攻を背景にした作品。彼は政治映画を目指しているが、主演女優は監督が気づいていないだけで、これは恋愛映画だといいきる。撮影は様々な困難に見舞われながらも、ジョヴァンニとスタッフ、キャストは乗り越えていく。
 
 映画の現場を描いた作品といえば、モレッティ自身の『母よ、』をはじめ、フランソワ・トリュフォーの有名な『映画に愛をこめて アメリカの夜』、さらにかのフェデリコ・フェリーニの『8 1/2』などを思い起こさせる。モレッティは本作に自らの数多くの映画体験、敬愛する映画人へのオマージュを捧げている。
 セリフの端々にジョン・カサヴェテスやジャック・ドゥミ、フェリーニ、タヴィアーニ兄弟の名や作品名が登場し、その一部が挿入される。フェリーニの『甘い生活』、ドゥミの『ローラ』など、感動一塩である。
 さらにはジョン・ランディスやマーティン・スコセッシの名も散りばめられ、思わずモレッティの映画の嗜好の幅広さに脱帽したくなる。もちろん、昨今の風潮を取り入れて、Netflixの参入を当てにする展開も盛り込んで見せる。
 モレッティ自身、ジョヴァンニ役で熱演しているが、共演者も常連のマルゲリータ・ブイにフランスからマチュー・アマルリックを招くなど、芸達者を揃えている。
 しかも、ラストのパレードシーンにはこれまでの彼の作品群の出演者が勢揃いする趣向。フェリーニから引き継がれた「人生はサーカスだ」の思いが、この作品に素敵な輝きをもたらせている。
 本作のような映画の記憶を蘇らせてくれる作品こそ、映画館でみたいものだ。今後、映画を取り巻く環境は配信が主流になってしまうと思われるが、多くの人々と共に大きなスクリーンをみつめ、感動を一にする。これこそが映画の醍醐味である。