『国境ナイトクルージング』は閉塞感に覆われた若者たちが紡ぐ、切なくて抒情的なストーリー。

『国境ナイトクルージング』
10月18日(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
配給:アルバトロス・フィルム
©2023 CANOPY PICTURES & HUACE PICTURES
公式サイト:https://kokkyou-night.com/

 映画の楽しみの一つに、見知らぬ場所に誘われることがある。実際には行ってみたいとも思わなかった場所に焦点が当たり、映像が魅惑的な輝きを帯びるとにわかに興味を覚える。それがあまり紹介されたことのない地域だとなおさらのことだ。

 本作の舞台となるのは中華人民共和国吉林省延辺朝鮮族自治州に位置する延吉。中国の端にあり、北朝鮮との国境の街だ。多様な貌を持つ中国にあっても、ここは朝鮮の文化が混じりあい、独特の色合いを放つ。映画はここで出会った3人の若者たちの数日を描いている。

 脚本・監督を務めるのはシンガポール出身のアンソニー・チェン。彼は2年に渡るコロナ禍のなかでプロジェクトの延期に見舞われ、焦燥感のなかで映画監督として自分の存在意義やアイデンティティを追求していったのだという。これまでの手法とは異なる、 見知らぬ国や地形、気候の中に身を置くこと。構想から完成まで、もっとも短い期間でつくった作品とコメントしている。

 チェンは中国の東北地方を訪れるのは撮影の時期が初めてだったが、とりわけ水が凝固し氷となり、日光などの熱が加わると水に戻る現象に惹かれ、氷を印象的に使うべくストーリーを構築していった。そして延吉から北朝鮮国境を超えた長白山の景観に感動。脚本のなかに取り込んでいった。

 上海から知りあいの結婚式に出席するために延吉を訪れたハオフォンは、式の後、暇つぶしに観光ツアーに参加する。

 だがツアー中にスマートフォンを紛失。観光ガイドのナナはお詫びに男友達のシャオと夜の延吉に連れ出し、朝まで飲み明かす。

 翌朝のフライトも逃した ハオフォンはシャオの提案で国境クルージングで週末を過ごすことにした。冬の景観い息を呑み、今を楽しむ。3人は絆を深めていった――。

 3人はそれぞれ閉塞感と挫折を味わっている。ハオフォンはエリートながら母親との関係に悩み、精神を乱している。ナナはかつて嘱望されていたフィギュアスケーターだったが怪我で夢を絶たれた。シャオは勉強が苦手で故郷を離れて料理人で日々を過ごしている。中国という競争社会から落ちこぼれた3人は目的もなく過ごした週末がそれからの生き方に影響していく。チェンの演出は起こりうるだろう、ささいな出来事も繊細に紡いでいく。やり場のない閉塞感に覆われながらも、心から触れ合えた一瞬を繊細に紡いでいる。どこまでも目新しい延吉の景色のなかで、3人がそれぞれの痛みが浮かび上がるが、解決が提示されるわけではない。ひと時、どこまでも充実していた時間が映像に焼き付くだけだ。その語り口がなんとも愛おしい。

 ガイドのナナを演じるのはデビュー作『サンザシの樹の下で』で注目され、2019年の『少年の君』で数々の賞に輝いたチョウ・ドンユイ。アンソニー・チェン作品は2度目になるが、本作では脚本のない段階で出演を快諾。ノーメイクでヒロインの孤独を表現している。

 ハオフォンには、『唐人街探偵』のリウ・ハオラン、シャオには『あなたがここにいてほしい』)のチュー・チューシアオ。それぞれ心の波紋を細やかに表現している。

 どこまでも沁み入るような映像、深みのある音楽に惹きこまれる。延吉の風景も含め、一見の価値はある仕上がりである。