アメリカ合衆国が分断しているのはもはや既成の事実だ。富を求めて移民の途切れない状況があり、これまで支えてきた労働者階級にとっては大きな脅威になりかねない。民主党政権を支持する中間層以上の人々はともかく、ドナルド・トランプを支持する人々は分断を意識させられ過剰な反応をみせる。まさにアメリカ国民は二極化の様相を呈している。
本作が今年発表されたことは、アメリカが大統領選を控えていることと、多分、無縁ではないだろう。アメリカでヒットを飾ったのがそれを証明している。
本作は作家として「ザ・ビーチ」で注目され、映画監督に転じたアレックス・ガーランドがコロナ禍の最中に書き上げた脚本が始まりとなる。先の見えないコロナの恐怖と、他人と繋がれない孤独のなかで、世界状況を見据え、現実に起こりえる事態を脚本に書き上げた。
アメリカの分断が深刻化し、国家という共通概念を持てなくなったらどうなるか。コロナ禍以降、人々はコミュニケーションを取らなくなり、他人の意見に耳を傾けなくなった。ガーランドは危機感を脚本に散りばめつつ、スリリングなロードムービーに仕上げている。混乱の戦場と化した「アメリカの地獄めぐり」の趣である。
これまでガーランドは『エクス・マキナ』や『MEN 同じ顔の男たち』など、寓意性の強い作品を発表してきた。本作では設定が架空であるだけで、どこまでもリアル、ドキュメンタリー的な映像で迫真力を盛り上げる。ヒリヒリするようなサスペンスが画面に横溢している。
連邦政府から十九の州が離脱し、テキサスとカリフォルニアが同盟を結び、大統領率いる政府軍と激しい衝突を繰り広げている。ニューヨークに滞在中のジャーナリストのジョエル、カメラマンのリーたちは、敗色濃い大統領に取材しようと、ワシントンDCに向かって出発する。
この設定のもとで、一団が体験する出来事の数々が映像に焼きつけられる。一団は自らを傍観者と位置付けて武装した人々に接するが、様々な対応が待ち受けている。のどかなアメリカの風景のなかで、人の登場が戦慄を与える。彼らの対応が予測できないからだ。分断された社会のなかでジャーナリストたちは傍観者の立場がとるが、そうした特別な立場が許されるのか。ガーランドはドキュメンタリーに挑むように“見据える”姿勢でカメラを回す。
ジャーナリストたちが出会った人間たちが愚かしさ、無常を奏でる。ガーランドは下手なケレンは織り込まず、淡々と愚行を描き出す。最後に吹っ切れたように、ホワイトハウスの激しい銃撃戦を用意したことでエンターテインメントとしての資質が維持されることになった。アメリカのヒットが物語っている。
出演者も『マリー・アントワネット』のキルステン・ダンストが疲れたカメラマンのリーを演じたのをはじめ、ブラジル出身のワグネル・モウラ、『プリシラ』のヒロインを務めたケイリー・スピーニーなど、キャラクターに合ったキャスティングがなされている。なかでも注目すべきはカメオ出演のダンストの夫、ジェシー・プレモンスが『憐れみの3章』に勝るとも劣らない、強烈な存在感をみせてくれる。ガーランドの演出に呼応した、みごとなパフォーマンスである。リアルな肌触りに惹きこまれ、最後まで目が離せない。2024年を代表する必見作といっておきたい。