1995年の『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離<ディスタンス>』、2003年の『スクール・オブ・ロック』をはじめ、“ビフォア”シリーズの『ビフォア・サンセット』と『ビフォア・ミッドナイト』、『がんばれ!ベアーズ ニュー・シーズン』、そして2014年の大作『6歳のボクが、大人になるまで。』まで、リチャード・リンクレイターはユニークな作品を次々と生み出し、アメリカ映画界で特異な存在となっている。
テキサス州に拠点を定め、インディペンデント作品からメジャー・スタジオの作品まで幅広く手掛ける。適応力に富み、巧みに自らの主張を織り込む骨太の存在。リンクレイターはエンターテインメントに仕上げる演出力も群を抜いている。
本作は、旧知の間柄である俳優のグレン・パウエルが持ち込んだ企画だ。近年、『トップガン マーヴェリック』(2022)や『恋するプリテンダー』(2023)などで人気が急上昇中のパウエルが、コロナ禍の最中に「テキサス・マンスリー」誌に掲載された「HIT MAN」という記事についてリンクレイターに尋ねたのが始まり。たまたま記事を書いたのがリンクレイターの友人だったことから、作品化が具体的になっていった。
脚本はリンクレイターとパウエルが共同で書き上げた。ふたりは、実話でありながらフィクションも真っ青の展開となるストーリーのなかに、恋愛やアイデンティティに対する考察までが網羅されていることに魅せられた。
当然、主人公のゲイリー・ジョンソンを人気あのあるパウエルが演じることが決まっていたので、キャスティングは実力主義で集められた。ヒロインには『モービアス』のアドリア・アルホナ、リンクレイターの『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』に顔を出していたオースティン・アメリオ、『グッド・ボーイズ』のレタ、さらにコメディアンのサンジャイ・ラオまで、個性重視のキャスティングである。
ニューオーリンズ大学で哲学と心理学を教える傍ら、殺人依頼のおとり捜査に地元警察の技術スタッフとして協力していたジョンソンは、ふとしたことからおとりの殺し屋役に抜擢される。
殺人を望む男女に依頼させれば検挙できる。ジョンソンはさまざまな殺し屋キャラクターになり切る意外な才能を発揮し始める。
だが、横暴な夫殺害を望むマディソンという女性が現われたことで運命が変わった。ジョンソンは彼女に魅せられ、逮捕を免れるように仕向けたばかりか、セクシーな殺し屋を演じ続ける。
しかし、彼女の夫の遺体が発見されたことで事態は意外な方向に向かう――。
リンクレイターは軽やかなタッチで、驚くべきジョンソンの行動を紡いでいく。パウエルは殺し屋としての千変万化の扮装を楽しんで演じているし、リンクレイターは単なるラブ・コメディから、他者に成り代わることの意味を考察するスタンスもほんの少し垣間見せる。とはいえコメディとしてあくまでも楽しく、おかしくのスタイルを貫いていて好もしい限りだ。舞台となるニューオーリンズという地域性もふくめ、明るく開放的な仕上がり。肩のこらないコメディである。