『フェラーリ』はマイケル・マンが長年映画化を切望してきた、スポーツカーメーカーのドラマチックな伝記。

『フェラーリ』
7月5日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
配給:キノフィルムズ
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公式サイト:https://www.ferrari-movie.jp/

 本作はイタリアの高級スポーツカー・メーカーの創始者、エンツォ・フェラーリに焦点を当てている。それも1957年という、フェラーリにとっては激動の1年を映像化してみせた。

 監督のマイケル・マンにとってはまさしく念願の作品だった。最初に企画が立ち上がったのは、原作「エンツォ・フェラーリ 跳ね馬の肖像」が発売された1991年。マンはプロデューサーでもあるシドニー・ポラック、『ミニミニ大作戦』などで知られる脚本家トロイ・ケネディ・マーティンと組んで映画化を図ったが、当時の事情では実現しなかった。

 だが、マンはこの企画を諦めたわけではなかった。『ラスト・オブ・モヒカン』や『ヒート』などでヒットを飛ばし、『インサイダー』や『ALI アリ』といった実話作品も経験するなど、着実に経験を積んで、時期を待っていた。そして32年後、しまっておいた企画は晴れて実現することになった。

 マンがこれほど企画に固執したのは、フェラーリという車と鮮烈な出会いをしたからだ。彼は1970年代にはロンドンで映像を学びに出かけ、その時にロンドンの街角でみたフェラーリのフォルムの美しさに魅了されたという。これほどの車を生み出した人間に対して興味を抱くのは自然なことだった。

 構想期間が長期に及んだことで、マンはエンツォのドラマチックな生き様に対して自らの軌跡を重ねるようになったという。

 エンツィオの車に賭ける狂気にも似た情熱に強く共感し、並外れた人生をリアルに再現することで、映像にすべてを費やしたマン自身の生き方を重ね合わせている。しかもマンは、あまりにスケールの大きな企画と二の足を踏むメジャー映画スタジオに業を煮やし、自らプロデュースを務めて出資者を数多く募り、あえてインディペンデント作品として完成させてみせた。

 1957年、59歳のエンツォは危機に瀕していた。会社は業績不振、共同経営者の妻との関係は冷え切り、僅かに愛人と息子ピエロに安らぎを得られるのみ。競合他社からは買収を持ちかけられていたが、彼の姿勢は揺るがなかった。

 会社経営とレースに飽くことなき情熱を傾け、最大の試練とばかりに、イタリア全土1000マイル縦断の公道レース“ミッレミリア”に出場を決行する。だがこの判断はエンツォをさらなる危機に導いていった……。

 レース史に残る大事故をクライマックスに、マンはリアルにエンツォの人となりを浮かび上がらせる。狂気を感じさせるほど冷徹な経営者の貌と、妻と愛人との二重生活を棲み分ける感情の激しい男性としての要素もある。なにより、クライマックスの壮絶なレースシーンを再現したところが、アメリカのエンターテインメント世界でもまれたマンらしい。凄まじいスペクタクルを用意してくれる。

 マンの意に沿った出演者も素晴らしい。エンツォに扮したのは今やアメリカ映画界の演技派として目覚しいアダム・ドライバー。現在40歳の彼にとって、初めての老け役だが、堂々と毀誉褒貶のあるキャラクターになり切ってみせる。申し分のないパフォーマンスだ。狂気をはらみながら頑固に生き方を貫くヒーローを存在感十分に演じ切る。本妻役にスペインのペネロペ・クルス、愛人役にアメリカのシャイリーン・ウッドリーと、個性の異なる女優たちの競演も見ものである。

 本作実現のためにドライバーもクルスも出資したという。マンはそれだけ俳優たちからも信頼されている。現在81歳を数えるが、新作『ヒート2』も待機していると聞く。テレビ映画でもひょうひょうと参加する、根っからの映画好き。マンはまだまだ活躍しそうだ。

ともあれお勧めしたい作品である。