『WALK UP』は人生の摩訶不思議を綴り続ける、韓国の匠ホン・サンスのモノクローム・ストーリー。

『WALK UP』
6月28日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリング吉祥寺、Strangerほか全国順次ロードショー
配給:ミモザフィルム
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公式サイト:. https://mimosafilms.com/hongsangsoo/

 個性派が鎬を削る韓国映画界のなかでも、ホン・サンスは独自のスタンスを守り、コンスタントに作品を発表している。1996年の『豚が井戸に落ちた日』(日本は1997年に劇場公開)でデビューして以来、独自の作家性を披露し、本国のみならず海外で高く評価された。男女の恋愛を流れるような会話と映像で焼きつけ、“エリック・ロメールの弟子”と称えられた時期や“韓国のウディ・アレン”と呼ばれた時期もあった。

 ささいな出来事や会話を巧みに脚色して、登場人物の日常を描く。その中から人間関係や奥底にある心理など、人生の多様な側面を観客に発見させるのがホン・サンスの作風。見る人間によってさまざまな解釈を許容するのが彼の作品の魅力でもある。

 2006年の『浜辺の女』以降、製作会社を設立し、デジタルの使用とともに低予算でも製作しうるシステムに変更。シナリオがないまま撮影現場で台本を執筆する、即興演出法を貫いているという。

 ホン・サンス作品は映画界に多くの影響を与えているが、唯一無二の作風とあって、後を継ぐ存在はほとんどいない。僅かに『3人のアンヌ』や『自由が丘で』などのプロデューサーを務めた女流監督キム・チョヒが『チャンシルさんには福が多いね』を発表したぐらい。アプローチは異なるが、身近な日常を描きつつユーモアと風刺を交えて物語世界を構築しようとの意図は伝わってきた。

 本作はホン・サンスの個性が全開した作品である。監督・脚本・製作を兼ねて生み出すのは、都会の一角にある、地上4階、地下1階のアパート。ここに映画監督のビョンスと娘ジョンスが訪ねるところから映画は始まる。

 モノクロームの映像は軽やかに紡がれるが一筋縄ではいかない。ビョンスはインテリア・デザイナーのヘオクとアパートを案内されながら軽やかに会話を交わす。

 ここからストーリーは4つの章に枝分かれする。ビョンスはアパートのレストランの女性店主ソニはビョンスのファンだったといい、すごくいい関係になる。

 月日が流れ、ビョンスとソニは同棲生活を送っている。しかし必ずしも関係は円滑に進んではいない。

 またも月日が流れ、ビョンスはスランプに陥っている。不動産業者ジヨンが部屋に通い詰めている。ヘオクはビョンスの動向を探るべく顔を出す。彼はジヨンに自らの体験談を語る。そしてエピローグは最初に戻って、ビョンスとジョンスの会合で幕を閉じる。

 時制や時間経過もあいまいなまま、ビョンスと女性たちのエピソードが紡がれる。ラストで円環となって、幕を閉じるあたりがホン・サンスならではのストーリー世界。映画監督ビョンスはホン・サンス自身の反映といってもいい。どこまでも本音で女性に対して常に機会を窺っている。会話の妙には驚かされる。どこにでもありそうでいて、ない、まこと機微をついている。

 ビョンス役のクォン・ヘヒョ、ヘオク役のイ・ヘヨン、ソニ役のソン・ソンミ、ジヨン役のチョン・ユニ、そしてジョンス役のパク・ミソはいずれもホン・サンス作品ではおなじみの俳優たち。クォン・ヘヒョのどんな貌も表現できる存在感に拍手を送りたくなる。

 ホン・サンスの個性を堪能できる、ユニークな味わいの作品である。