『銀河鉄道の父』は天才小説家を支えた家族の、感動のストーリー。

『銀河鉄道の父』
5月5日(金・祝日)より全国公開
配給:キノフィルムズ
©2022「銀河鉄道の父」製作委員会
公式サイト:https://ginga-movie.com/

 日本文学に特異なフィールドを拓き、詩人、童話作家として、宮沢賢治は今もなお多くの熱狂的ファンを擁している。生み出した「銀河鉄道の夜」や「注文の多い料理店」などの作品の影響か、彼はロマンチックに神格化されがちだが、実像はどうだったのか。

 第158回直木賞に輝いた「銀河鉄道の父」で、門井慶喜が描いたのは、まさに無名作家のまま37歳でこの世を去った宮沢賢治と、彼を懸命に支えた家族の姿だった。

 宮沢賢治をナイーブな性格の持ち主として紡ぎ、家業の質屋を忌み嫌いながらも頼らざるを得ないダメ息子であることを明らかにしている。代々、営んできた家業のおかげで、宮沢賢治は新たなことに飛びつき、農業から人口宝石づくり、宗教への傾倒まで、さまざまな経験を積むことが可能になったともいえる。あえていってしまえば、裕福なバカ息子だったからこそ、想像力に富んだ創作の世界を文章化できた。

 この小説に惹かれたのは『八日目の蟬』や『ファミリア』などで、家族の在りようを映像にしてきた監督、成島出だった。厳格なイメージだった宮沢賢治の父が、実は息子への愛に生きる、ある種の親ばかであることに驚き、映画化を決意したという。

 脚本を担当したのは『かぐや姫の物語』を高畑勲と共同で手がけ、『恋は雨上がりのように』や『この道』で注目されている坂口理子。成島監督は以前からタッグを組みたいと考えていた存在だった。自らも宮沢賢治の大ファンという坂口だったが、手がけるからには、熱狂的ファンから不興を買うような展開にすべく、果敢にストーリー、セリフを掘り下げて勝負に挑んでいる。

 出演者は豪華絢爛だ。宮沢賢治を菅田将暉が演じ、父の政次郎には役所広司が起用された。ともにこのキャラクターには余人なしと監督が熱望したキャストである。

 さらに家族に愛され、賢治の良き理解者の妹トシには『ラストレター』の森七菜、弟の宮沢清六には『レッドブリッジ』の豊田裕大。そして名優の田中泯、坂井真紀が脇を固めている。充実の布陣である。

 明治29年、岩手県花巻で質業を営む宮沢家に待望の長男が誕生する。子供は賢治と名付けられ、可愛がられるが、とりわけ父政次郎は溺愛。息子が病気に罹れば、自ら看護するほどの親ばかぶりを発揮する。

 賢治は跡取りとして大切に育てられるが、家業は「弱い者いじめ」と断じ、気持ちの赴くまま、農業や人造宝石に夢中になる。親を振り回すばかりか、今度は宗教に身を捧げると、東京に家出をしてしまう。

 だが、賢治の理解者である妹のトシが結核に倒れる。賢治はトシを励ますために、物語を書き、読み聞かせるが、懸命の努力も空しく、トシはこの世を去る。

 嘆き悲しむ賢治に、政次郎は物語を書き続けるように諭す。今度は父が一番の読者になると励ますが、賢治にもトシと同じ運命が待ち受けていた――。

 成島監督は軽やかに宮沢家の変遷を紡いでいく。賢治誕生から幼少期を疾走してから、菅田将暉が奔放な息子を軽妙に演じ、裕福故に無邪気なキャラクターを好演してみせる。役所広司はいわば息子の行動を呆れながら受け入れる父親像。ふたりの演技が本作の魅力の核であることは間違いない。

 賢治の軽はずみな行動がドラマを転がしていくわけだが、トシの死以降は生と死の影が宮澤家のストーリーに大きな部分を占めるようになる。ある種コミカルな前半部から、大きく転調するようになって、作品の感動も画面から滲みだしてくる。

 成島監督はそれぞれのエピソードを巧みにつなぎながら、家族のハートフルなドラマとして結実させている。俳優たちの演技はもちろんのこと、当時の日本を再現するために、照明、建築物、室内の意匠にも大きな神経を使っている。未だ結核が死の病だった時代なればこそ、賢治も自らの作品の成功を知らぬままに終わってしまった。息子の才能を世に知らしめるための、宮沢家の懸命な努力も共感を禁じ得ない。

 ファミリードラマとして一見の価値はある。連休中の公開というのも珍しい、まずは注目あれ。