『午前4時にパリの夜は明ける』は1980年代のパリを背景にした、優しさに溢れた女性の成長ドラマ。

『午前4時にパリの夜は明ける』
4月21日(金)より、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国順次公開
配給:ビターズ・エンド
© 2021 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA
公式サイト:https://bitters.co.jp/am4paris/


 誰しも子供の頃を過ごした時代には、深い思い入れやある種の感慨を抱くものだ。それが過酷な戦争状態であっても、子供は日々の生活のなかに喜びを見いだすもの。ジョン・ブアマンの『戦場の小さな天使たち』が描いている世界はまさに好例といっていい。

『アマンダと僕』で世界的に認知された監督,]ミカエル・アースは子供時代を過ごした1980年代のパリに懐かしさや輝きを見いだし、自分を育んだあの時代をできるだけ再現しようと試みた。1975年生まれというから、1980年代は5歳から思春期までか。アースは1980年代に飛び込んで、あらゆる光景やサウンドを再現しようとしている。

 浮かび上がってくるのは時代の空気。アース自身は記憶にないはずの1981年5月10日、フランソワ・ミッテランがフランス大統領に選出された場面から幕を開ける。1980年代の華やいだ気分、希望を未だ持っていた時代が端的に描かれる。

 この時代は日本では「行け行けどんどん」のバブルにまっしぐら。円の価値は上がり、アメリカではジャパン・バッシングの声が上がった時期。確かに日本では景気のいい話ばかりが跋扈していたっけ。

 アースは「私は主題に支配されていないような映画が好きです。人生が映画の主題であって、映画が主題の人質にはなってはいけないと思う」と語っている通り、母親と娘と息子、彼らの生活に入り込んできた家出少女の生活を映像に焼きつけていく。パリの街並み、ファッション、音楽など、 彼らの生活を彩るアイテムの数々が、散りばめられた当時のヒット曲の数々とともに、ストーリーを彩る仕掛けだ。

 しかもキャスティングが嬉しい。1980年代に見いだされた女優を軸にしている。まず1985年の『なまいきシャルロット』で主演し、14歳でスターダムにのし上がったシャルロット・ゲンズブールがヒロインを演じて、自然体の女性像をみせれば、1987年の『天使とデート』でコケティッシュな魅力を炸裂させたエマニュエル・べアールがラジオのDJ役で個性を発揮する。

 このふたりの胸を借りるように、若手俳優も粒が揃っている。2021年の『Dark Heart of the Forest』で主役を務めたキト・レイヨン=リシュテルがヒロインの息子役に抜擢されたのをはじめ、『アヴァ』(2017)のノエ・アビタ、2019年の「Miss Chazelles」に出演して注目されたメーガン・ノータムがヒロインの娘役で個性を発揮している。

 ミッテランが大統領になり、フランスにも変化の兆しがみえてきた。

 1984年、エリザベートは息子と娘に夫と別れたことを告げる。3人で暮らすしかないが子供たちは寂しがる母とは違って、サバサバしている。

 やがてエリザベートはラジオ・フランスで電話受付の業務をみつける。「夜の乗客」という番組のベテラン・パーソナリティと知り合う。

 やがて番組に出演した家出少女と親しくなり、家に連れ帰る。彼女と親しくなった息子と娘はさまざまな価値観があること、境遇の違いを思い知らされる。

 エリザベートはやがて新しい恋人を見いだし、子供たちも新しいステージを迎えることになる――。

 ドラマチックな展開になるわけではない。日々の移ろいと同じく登場人物に変化が訪れるが、あくまで彼らの生活が淡々と綴られていくだけ。まだ希望の持てた時代に、彼らがどのように生を謳歌したかが描かれる。ミカエル・アースはあの時代に自分が感動した出来事を散りばめていく。アラン・パーカーの『バーディ』を見に行くつもりで、エリック・ロメールの『満月の夜』をみた逸話。主演したパスカル・オジェが急逝し、ジャック・リヴェットの『北の橋』で悼むくだりまで、いかにも映画好きのエピソードが描かれるなか、若者らしく「インディ・ジョーンズ」に興味を寄せている会話が挟み込まれる。音楽ファッションも含め、目配りも万全である。

 なによりもラジオショーに焦点を当てたセンスに拍手を送りたくなる。今やラジオ番組はオンタイムで聴くものではなくなったが、この時代までは聴取者は深夜にもかかわらず待ちのぞみ、 自分が参加することも厭わない。ああ日本にもあったと懐かしくなる。

 まこと子供時代を、今の感性で再現してみせたミカエル・アースを称えたくなる。どこまでも登場人物に対して優しさをもって描き出す。見終わった後の余韻が心地よいのだ。

 もちろん、俳優ではシャルロット・ゲンズブールが圧倒的に魅力的だ。夫に捨てられ自信もなかった中年女性が、やがて自分で生活を拓き、新たな愛にも目覚めていく姿をゲンズブールはこの上なく自然になりきってみせる。

 1980年代に思いを馳せるには格好の作品。昔を知らなくても優しさに溢れた女性と家族の成長物語としてお勧めできる。気持ちの良い仕上がりだ。