『シング・フォー・ミー、ライル』は気持ちがほっこりする、キュートなミュージカル!

『シング・フォー・ミー、ライル』
3月24日(金)より、TOHOシネマズ日本橋、TOHOシネマズ日比谷、新宿バルト9、新宿ピカデリーほか、全国の映画館で公開!
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト:https://www.sing-for-me-lyle.jp/

 時として、アメリカ映画界の懐の深さに驚かされることが多々ある。さしずめ、バーナード・ウェバーが1960年代半ばに発表した絵本“ワニのライル”シリーズをもとにしてミュージカルをつくるなんてことは驚天動地のことではないのだろう。『チキ・チキ・バン・バン』の例もあることだし。『俺たちフィギュアスケーター』など、軽快な演出を誇るウィル・スペックとジョシュ・ゴードンのコンビはともに子供の頃からこの絵本のファンだったという。ふたりはこの素材をもとに、胸弾むミュージカルを生み出そうとした。

 そのため『ラ・ラ・ランド』や『グレイテスト・ショーマン』に曲を提供したことで、一躍世界的な存在となった作曲家チーム、ベンジ・パセックとジャスティン・ポールに楽曲を依頼した。ふたりは脚本に『ヒックとドラゴン』のウィル・デイヴィスを起用し、脚本の初期段階からパセックとポールに脚本参加を促し、エモーショナルで親しみやすい楽曲、「君のおかげさ」「最高の世界」「レシピを敗れ」、「夢のはざまで」の4曲を生み出させた。これに加えてスティーヴィー・ワンダー、エルトン・ジョン、ピート・ロドリゲスなどの有名曲が散りばめられる。さらにオリジナル版でライルの声を演じたショーン・メンデスも「HEARTBEAT」を提供している豪華版だ。

 出演は『ノーカントリー』でアカデミー主演男優賞に輝いた、スペイン出身のハビエル・バルデムがショーマンの役で歌って踊り、ミュージカル俳優の資質をいかんなく発揮する。加えてライルと心通わす孤独な少年には『名探偵ティミー」のウィンズロウ・フェグリー、その母には『クレイジー・リッチ!』などで知られる台湾出身のコンスタンス・ウー、父親役は『アルゴ』のスクート・マクネイリーが務めている。地味ながら充実したキャスティングであることはストーリーの展開とともに実感できる。

 売れないショーマンのヘクターは、古びたペットショップで歌うワニのライルをみつけた。その歌声の素晴らしさに歓喜し、これで大成功と思ったら、ワニは聴衆が怖いステージ恐怖症だった。

 失望したショーマンは去り、長い年月が経ったある日、家族に連れられた孤独な少年がライルの隠れる家に引っ越してきた。ライルを見つけた少年は心を通わせ、歌を通じて癒していく――。

 もちろん、第一の見どころはライルのキュートな容姿。CGIをはじめとする特撮を駆使してみごとに生命が吹きこまれている。ワニながら、愛嬌のある表情をしたライルと、孤独な少年の絆が軸となって、ドラマは展開していくが、どちらかといえばあっさり味。その分、ミュージカルシーンに力が入っている。絶唱するライルの声を引き受けたのは世界的なシンガーソングライター、ショーン・メンデス。飼い主のヘクターに置き去りにされ、誰にも受け入れられてもらえないと心の底で思っているライルの哀しみが同じ境遇の少年との絆を通して溶かされていく。そのあたりのさりげない描き方はウィル・スペックとジョシュ・ゴードンの巧みなところだ。

 また吹き替え版も趣向を凝らしている。昨年のNHK の大河ドラマで、国民的存在になった大泉洋が歌のみを吹き替え、熱唱するサプライズが用意されている。

 ライルの魅惑的な歌声が大都会ニューヨークの過酷な現実を束の間忘れさせ、信じる心、愛する心の大切さを響かせる。決して斬新なつくりではないし、メッセージも際立ってはいない。それでも見終わると、ほっこりとした余韻に包まれる。

 こういうエンターテインメントこそ、今の社会に必要なものだ。まずは一見をお勧めする次第。