『メグレと若い女の死』は往年のフレンチ・ミステリーの面白さを満喫させてくれる快作。

『メグレと若い女の死』
3月17日(金)より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
配給:アンプラグド
©2021 CINÉ-@ F COMME FILM SND SCOPE PICTURES.
公式サイト:https://unpfilm.com/maigret/

 世界に知られた探偵キャラクターは数々いるが、フランスを代表する存在となると、ジュール・フランソワ・アメデ・メグレに止めを刺すだろう。ジョルジュ・シムノンが生み出したキャラクターで、パリ警視庁の警察官からはじまり、後に警視、警視長に迄昇りつめる。“メグレ警視”シリーズとして100篇を超える小説があり、日本でもファンは多い。

 シムノンは厳密にいえばベルギー生まれだが、フランスで小説家として認知されたことで、殆どのフランス人は自国人と考えているという。日本でも第2次世界大戦前から紹介され、多くの小説家に影響を与えたとされる。当然、“メグレ警視”シリーズの人気は高く、パイプをくゆらせる名捜査官として多くの人から愛されている。

 小説の数が多いこともあって、映像化されたものも少なくない。名優ジャン・ギャバンが演じた『殺人鬼に罠をかけろ』をはじめとして、チャールズ・ロートン、ミシェル・シモンなど往年の名優たちが演じ、キャラクターの人間味をくっきりと焼きつけた。

 近年も、マイケル・ガンボンやローワン・アトキンソンがテレビシリーズで演じるなど、未だにキャラクターへの人気は衰えていない。

 本作は、メグレ警視作品の真打登場といった趣がある。なにより手がけたのがパトリス・ルコントであることが注目だ。2013年の『暮れ逢い』以来、映画から離れていたルコントが原点回帰とばかりに挑んだ。切ない情感をミステリーに包んだルコントの1989年の名作『仕立て屋の恋』がシムノンの原作であることを考えると、復帰するのにふさわしいといえるか。

 原作は1954年に発表された「メグレと若い女の死」。ルコントは『親密すぎるうちあけ話』と『ぼくの大切なともだち』でタッグを組んだジェローム・トネールとともに、シムノンの原作のエッセンスを存分に汲み取って脚本化。時代の雰囲気を活かしつつ、ミステリーの醍醐味を満喫させてくれる。

 なによりメグレ役にジェラルド・ドパルデューを据えたのがヒットだった。現在のフランス映画界で彼以上のメグレ俳優はいない。『この世の果て、数多の終焉』や『ファヒム パリが見た奇跡』など、客演が多かったドパルデューだったが、ひさしぶりに画面の中央で渋い個性をみせてくれる。

 共演は『タイピスト』のメラニー・ベルニエ、『バルバラ ~セーヌの黒いバラ~』のオーロール・クレマン、『ともしび』のアンドレ・ウィルムなどの実力派に加えて、日本には公開作はないが、期待の新進女優ジャド・ラベストが起用されている。

 1953年のパリ、シルクのイヴニングドレスを着た若い女の刺殺体が発見された。靴が片方しかなく、いかにも不釣り合いな高級ドレスをまとい、執拗な刺し傷が5か所にも及んでいる。

 この謎めいた事件を担当することになったのはパリ警視庁犯罪捜査部のメグレ警視。身元も分からない女性の素性を知るために、唯一の手がかりである高級ドレスから事件の真相をひも解くことになる――。

 少ない手がかりをもとに、多くの人に聞き込み、証言から事実を推察していく。決して派手なことはないが、捜査官としての王道を行くメグレの捜査をルコントはじっくりと描き出す。聞き込みを中心にして、相手の心理状態を読み解き、真実に近づいていく姿は見応え十分。ミステリー好きには応えられない。

 なにより嬉しいのは時代設定を原作の発表時に設定していることだ。1953年という、戦争から8年経ってもどこかに闇を抱えた大都会では、持つ者と持たざる者の対比が顕著になる。メグレ警視は被害者の素性をたどり、その生涯を思いやる。証言をじっくりと吟味しつつ、真相に近づいていくプロセスは観客を惹きこんで止まない。

 ルコントはみごとな時代考証、映像感性で当時のパリを再現してみせる。ドパルデューのメグレ警視がもっともよく似合う世界だ。聞き込み中心の捜査ぶりを過不足なく綴りながら、少しずつサスペンスを盛り上げる。見ていて安心して気持ちを委ねられるといえば正確だろうか。さすがに匠、ミステリー・エンターテインメントのツボをしっかりと押さえた演出を披露してくれる。

 もちろん、ドパルデューのメグレ警視ぶりも申し分ない。仕事は老獪で判断力に優れ、妻には優しく接する。トレードマークのパイプは健康のために止められているというおまけもつく。人間的で洞察力に富んだ捜査ぶりを、ドパルデューは自然体で表現してくれる。

 ルコントの演出力とセンスに脱帽したくなる。これはいぶし銀のような輝きを持ったミステリー映画の快作である。