『別れる決心』は鬼才パク・チャヌクが送り出すスリリングなミステリー・ロマンス!

『別れる決心』
2月17日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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公式サイト:https://happinet-phantom.com/wakare-movie/

 パク・チャヌクという名を意識したのは2000年の『JSA』だった。

 日本でも大ヒットした『シュリ』を凌ぐヒットを本国で飾ったことが喧伝され、監督の名にも注目が集まったのだ。『JSA』は南北分断の象徴、38度線上の共同警備区域(JSA)を舞台にした、ヒューマンなポリティカル・サスペンスで、この時点ではパク・チャヌクの個性はさほど強烈には焼き付かなかった。

 彼のハードボイルドな作風が鮮烈だったのは『復讐者に憐れみを』(2002)、日本の漫画を原作にした『オールドボーイ』(2003)、『親切なクムジャさん』(2005)に至る“復讐三部作“からだ。冷徹で容赦ない語り口、織り込まれるブラックなユーモアもふくめ、オリジナリティに満ちたパク・チャヌク・スタイルが際立っていた。

 当然ながら、海外での評価が高まり、『オールドボーイ』は第57回カンヌ国際映画祭のグランプリに輝いている。これは韓国映画としては初めてのことだ。またベルリン国際映画祭に出品した2006年の『サイボーグでも大丈夫』はアルフレード・バウアー賞に輝き、2009年の『渇き』はカンヌ国際映画祭審査員賞を獲得した。

 ここに至って海外からの招きに応じて、初めての英語作品『イノセント・ガーデン』(2013)に挑んだ。パク・チャヌクが敬愛するアルフレッド・ヒッチコック風のミステリーではあったけれど、個性を発揮するまでには至らなかった印象だ。

 3年の間隔を置いて発表した『お嬢さん』はサラ・ウォータースの「荊の城」をもとに日本統治下の朝鮮半島を舞台に繰り広げられる愛欲サスペンスだった。過激な描写と官能的な映像が前面に出た怪作でカンヌ国際映画祭では芸術貢献賞を手中に収めている。

 以後、BBCのテレビシリーズの監督を務めるなど、多彩な活動に転じ、6年の歳月を経て発表したのが本作ということになる。

 きっかけは『親切なクムジュさん』や『サイボーグでも大丈夫』、『渇き』、『お嬢さん』でタッグを組んだ脚本家チョン・ソギョンとロンドンで会話したことだった。その時にパク・チャヌクにはふたつのアイデアがあったという。ひとつは昔から大好きだった、イ・ボンジョ作曲の韓国歌謡「霧」を挿入できるようなロマンチックな世界。もうひとつはスウェーデンの推理小説、警察官マルティン・ベック・シリーズのようなミステリーをつくるということだった。

 チョン・ソギョンの協力のもとで生み出したストーリーは、これまでのチャヌク作品とは一線を画し、微妙な感情の揺らぎが交錯するロマンチックで魅惑的なミステリーに仕上がった。

 不審死の男を捜査する警部は中国出身の妻に疑うが、次第に別な感情を抱くに至る。ミステリアスな女性の色香に惹きつけられながらも、捜査を進めていく展開である。

 集められた出演者が充実している。妖しく男性を翻弄するヒロインを演じるのは、アン・リーの『ラスト・コーション』に抜擢されて以来、マイケル・マンの『ブラックハット』やビーガンの『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』など多彩な作品歴を誇るタン・ウェイ。浙江省の出身で香港に市民権のある彼女が、韓国語をぎこちなく操りながら、色香を漂わす。

 警部を演じるのは、ポン・ジュノの『殺人の追憶』や『グエムル‐漢江の怪物-』などで知られるパク・ヘイル。厳格だが人間味あふれるキャラクターを好もしく演じる。

 さらに『新感染半島 ファイナル・ステージ』のイ・ジョンヒョン、Netflix製作の『ソウル・バイブス』のコ・ギョンピョなどが色を添える。

 妻と離れた街で警部として任務に就くチャン・ヘジュンは岩山から転落死した男の捜査にあたる。

 夫の死に驚かない中国出身の妻ソレに対してヘジュンは不審に思うが、介護の仕事をする彼女にはアリバイがあった。それでもヘジュンは彼女を監視し、取り調べを行なう。ソレと会話を交わすうち、ヘジュンには彼女に対する別な感情が湧き上がってくる。

 まもなく男の遺書が発見され、自殺と断定される。ふたりはさらに距離を縮めていく。

 しかし、彼女の介護の手伝いしたヘジュンはソレのアリバイが虚偽であることを知る。警官としての矜持、捜査官としての自負が、彼女に対する気持ちから曇らされてしまった。ヘジュンは彼女を逮捕せず、彼女に真実を伝え、証拠を処理するように伝える。これですべてが終わるはずだった。だが、ふたりの絆は途切れることはなかった――。

 これまでのパク・チャヌク作品に付きものの激しく刺激的なシーンは一切なく、捜査官と容疑者女性の微妙な心の動き、感情の機微が前面に押し出される。ふたりの感情の綾が巧みにストーリーと呼応し、見る者の関心を引き寄せる。まさにパク・チャヌクの成熟を実感させる演出となっている。

 もちろん、映像的にも凝った計算をみせている。感情の推移をあますところなくくっきりと映像で捉え、カメラは極端なクローズアップから神の視点まで縦横無尽。見る者を幻惑する。この過激さがパク・チャヌクの本質だ。

 ミステリーとしても出色の仕上がりといえる。捜査官としてのチャン・ヘジュンは感情に左右させられるものの、真相をきっちりと明らかにする。しかし男としては惹かれた女性に対して非情にはなれなかった。それゆえにこの上なく哀しい幕切れが待ち受けている。残酷で切なく悲しい終わり方である。

 監督の好きな「霧」が心に残る。タン・ウェイの魅力が焼き付く仕上がり。これは一見に値する。