『エンパイア・オブ・ライト』は1980年の英国を舞台にした、映画館にまつわる愛の物語。

『エンパイア・オブ・ライト』
2月23日(木・祝)より、TOHOシネマズ日比谷、新宿バルト9、渋谷パルコ8F WHITE CINE QUINTOほか全国ロードショー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
公式サイト:https://www.searchlightpictures.jp/movies/empireoflight

 サム・メンデスの新作の登場である。

 ふり返れば、メンデスは演劇の世界で名を馳せ、劇場用映画に進出した1999年の映画監督デビュー作『アメリカン・ビューティー』はセンセーションを巻き起こした。その年のアカデミー賞で、作品・監督・脚本・撮影に加えて、ケヴィン・スペイシーに主演男優賞をもたらすという快挙を成し遂げた。メンデスの名は瞬くうちに世界中で知られることになった。

 当然、多くの引き合いが来る。続く『ロード・トゥ・パーディション』はトム・ハンクス、ポール・ニューマン主演のギャング映画を渋くまとめたかと思えば、アメリカ海兵隊隊員の日常を描いた『ジャーヘッド』も手掛ける。さらに『タイタニック』の主演コンビ、レオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットを迎えた『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』では1950年代のアメリカ郊外の愛憎劇をつくりあげた。

 題材にこだわらず、監督としての力量を発揮することを身上としているかのよう。だからこそ『007 スカイフォール』に『007 スペクター』と、2本のジェームズ・ボンド映画を引き受けたのだろう。しばし間隔をあけた前作『1917 命をかけた伝令』では、第一次世界大戦の西部戦線を、ワンカット撮影のような切れ目のない映像で綴ってみせた。

 多彩な作品群をじっくりと時間をかけて生み出すメンデスだが、本作は今までといささか趣を異にする。ほとんどの映画人、ショービジネス関係者が味わった、コロナ禍におけるロックダウンの恐怖をメンデスも経験。人が集まる劇場や映画館が無くなってしまうのではないかと考えたのだという。

 メンデスはストレートに映画館に対する思いを書き始めた。題材にしたのは彼が多感な思春期を迎えた1980年の映画館。彼が多感な時期を過ごした海辺の町マーケイドに立つ映画館、エンパイア劇場で巻き起こる葛藤のドラマが綴られる。

 単なる映画館愛を称えるだけではなく、闇を抱えた中年女性の愛の成長が誠実に紡がれていく。単なるノスタルジーではないことがストーリーの展開とともに、明らかになっていく。時代はマーガレット・サッチャー政権下。新自由主義を強引に持ち込み、階級格差をさらに拡大させた。移民の流入を嫌い、排斥する労働者階級の暴発を生んだ。現在の英国とあまり変わらない格差社会。メンデスが脚本に込めた思いはここにある。

 激動の時代の空気を的確に取り入れながら、現在の英国格差社会の根がこの時代に顕著になったことを明らかにしている。もともと階級社会であった英国が、植民地からの移民流入によってさらに階級並びに格差が広がった経緯も押さえてある。ノスタルジックな感傷だけではない時代に対する理解が本作の核である。

 メンデスの選んだ出演者が素晴らしい。『女王陛下のお気に入り』でアカデミー賞に輝いたオリヴィア・コールマンが、孤独に苛まれながら懸命に生き抜くヒロインを圧倒的な存在感で演じ切る。相手役は若手有望株男優マイケル・ウォード。

 共演は人気テレビシリーズ「SHERLOCK(シャーロック)」のターニャ・ムーディ、『黄金のアデーレ 名画の帰還』のクリスタル・クラーク。『裏切りのサーカス』の名優トビー・ジョーンズと『英国王のスピーチ』でアカデミー賞を手にしたコリン・ファースも加わる。

 1980年、エンパイア劇場のマネージャー、ヒラリーは他人と関りを持たずに生きてきた。従業員たちとは適度な間隔を置く一方、支配人の性の相手になっていた。

 エンパイア劇場に新たなスタッフが入ってくる。建築学部志望ながら、大学進学を阻まれた黒人青年スティーヴンだ。

 明るく前向きな青年にヒラリーは少しずつ好意を覚えていく。しかしふたりが恋を実感した頃、時代の荒波が襲い掛かる――。

 メンデスは、闇を抱えた中年女性の恋を過不足なく描く。生きる縁を掴みたい女性が夢を見ることができるのは、映画館しかない。オリヴィア・コールマンの圧倒的な演技が共演陣のサポートのもとでみごとに花開いている。

 1980年には映画も斜陽化し、4スクリーンを誇ったエンパイア劇場も2スクリーンしか使用しなくなっている。それでもメンデスは煌びやかなインテリアのなかで、観客がエンターテインメントを求めて訪れる姿をきっちりと映像化、映画を称えてみせる。自らの青春時代にいかに映画が大きな役割を果たしたか。その思いを本作に込めてみせた。

 ただ、昔の名作を多量に挿入する手法は採用していない。もはや語られることのなくなったコメディ作品『スター・クレイジー』がわずかに目を引く。そして作品自体は登場しないが、エンパイア劇場で『炎のランナー』のプレミア上映が行なわれるくだりが紡がれる。英国映画が世界的な注目を浴びるきっかけとなった象徴的な作品だ。

 このような要素を挿入しながら、切なさと過酷さが織り交ぜられたメンデスらしい仕上がりとなっている。辛うじて戦後に生まれ、映画の全盛期を知る身にとっては、映画館でつかのま異世界に浸れる喜びは何物にも代え難かった。映画館は楽しさに溢れたワンダーランドだった。そうした映画館への思いに満ちた映画は、ウディ・アレンの『カイロの紫のバラ』や『ラジオデイズ』、ジュゼッペ・トルナトーレの『ニュー・シネマ・パラダイス』、エットーレ・スコラの『スプレンドール』など、数多くある。この作品も間違いなくその範疇に入る。

 音楽面でもザ・スペシャルズ、ザ・ビートなど懐かしい名前が出てくる。当時15歳だったメンデスのこだわりがここにも見られる。一見をお勧めしたい作品である。