フランソワ・オゾンはコンスタントに作品を送り出す、フランス映画界屈指の存在である。しかも新作を発表するたびに多彩な題材、アプローチを駆使し、見る者を惹きつけて止まない。
2000年の『焼け石に水』から、『まぼろし』(2001)、『8人の女たち』(2002)。さらに『スイミング・プール』(2003)と、注目作を次々と発表し、その存在が知られるようになった。
近年も『しあわせの雨傘』(2010)や『17歳』(2013)、『婚約者の友人』(2016)などを発表し、さまざまなテーマにチャレンジ。2019年の『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』では社会派実話ドラマに挑み、フランスを震撼させた“プレナ神父事件”を描いた。この作品はベルリン国際映画祭審査員特別賞(銀熊賞)に輝いている。
続く2020年には一転してプライベートな思いを反映させたラブストーリー『Summer of 85』を生み出す。この懐の深さがいかにもオゾンらしい。
本作では、オゾンは安楽死をテーマに選んだ。さぞかし社会派的な意図が際立つ作品かと思わせたが、幾分、趣が異なる。
『まぼろし』や『スイミング・プール』、『ふたりの5つの分かれ路』などで脚本に参加して友人となったエマニュエル・ベルネイムの著作を原作としているからだ。ペルネイムに映画化を尋ねられた時には果たせず、彼女の急逝後に手がけることになった。オゾン自身が脚本を書き、ペルネイムと父の親密な関係に焦点を当てたストーリーに仕上げている。
なによりの話題は主演にソフィー・マルソーを選んだことだろう。1980年に13歳でデビューした『ラ・ブーム』で世界的なアイドルになって以来、成長とともにおとなの女優として実力を発揮してきた。フランス映画以外にも『ブレイブハート』(1995)や『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』(1999)などの話題作で存在をアピールしている。
オゾンとマルソーはこれが初めての顔合わせとなったが、互いに仕事ぶりはレスペクトしていたという。50歳代に至ったマルソーの自然体の存在感が本作のキャラクターピッタリとフィットしている。
共演は『愛を弾く女』(1992)や『恋するシャンソン』( 1997)などでフランス映画界を代表する名優と謳われるアンドレ・デュソリエ。さらに『まぼろし』や『スイミング・プール』で女優として再度花開いたシャーロット・ランブリング、『17歳』のジェラルディーヌ・ペラス、『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』のエリック・カラヴァカが脇を固めている。
美食と芸術をこよなく愛し、人生を謳歌していた父親が脳卒中で倒れる。小説家の娘エマニュエルは妹のパスカルとともに病院に駆けつける。 幸い生命に危険がなかったが、麻痺が残るという。
シニカルなユーモアと知性を誇り、自信家の父はベッドの上でも自分らしさ全開。別居の長い彫刻家の母のクールな対応にも無関心だったが、脳梗塞が確認され、回復が見られないと知るや、エマニュエルに「人生を終わらせてほしい」と頼む。
手を振りほどいたエマニュエルだったが、父の性格を考えると無下にも扱えない。尊厳死に対する情報を集め、フランスではできないがスイスでの可能性はあると知る。
回復の兆しが出ても、父の決意は変わらなかった。エマニュエルと妹は次第に父の望み通りにしてもいいと思うようになる――。
題材は重いが、オゾンはユーモアを散りばめながら、さわやかに紡ぎだす。どこまでも享楽的で我がまま、人生を楽しむことだけに生きる父親と振り回される子供たち。この図式のなかで、父親を慕っているヒロインの思いが焼きつけられる。ただ生きながらえるだけが幸せなのか。本人らしく人生を終えることが幸せではないのか。どこまでも屈託なく、娘たちを翻弄する父親を通して、オゾンは問いかける。それこそが原作者エマニュエル・ベルネイムに報いる手段だ。
確かにこの題材を表現するのにベストなキャスティングである。どこまでも愛すべき自分本位の父に扮したアンドレ・デュソリエの演技に呼応して、ヒロインに扮したソフィー・マルソーが絶妙の表現を披露する。
年輪を増したからこそ分かる両親の心情。自分も人生の機微を幾つも味わってきたからこそ、親を人間として理解できるようになった。自分の望むままに生きてきた父、母の気持ちを汲み取り、彼らにとって何が幸せなのかも分かる。こうしたヒロインの心の動きを、マルソーは極めてナチュラルにパフォーマンスしている。少女時代の可憐さから、初老にさしかかりつつある女性の魅力をきっちりと画面に焼きつけている。
ストーリーを巧みに編みつつ、サスペンスに満ちたクライマックスも用意する。フランソワ・オゾンに拍手を贈りたくなる。最後に、重要な役でハンナ・シグラが出演していることも触れておきたい。『マリア・ブラウンの結婚』(1979)をはじめ、ドイツ映画の旗手だったライナー・ヴェルナー・ファスビンダー作品のヒロインとして知られている。オゾンの趣味の良さをうかがわせる。