『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』は歌手としての凄さが得心できる伝記映画。

『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』
12月23日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国の映画館にてロードショー
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト:https://www.whitney-movie.jp/ Wanna Dance

『ボヘミアン・ラプソイディ』の世界的大ヒットによって、一気に伝説的なアーティストやグループの伝記作品製作の気運が高まった。音楽的の際立っていてドラマチックな軌跡を歩んだ存在を探せというわけだ。まだまだピックアップするべきスターはいっぱいいる。

 こうしたなかで登場したのが本作である。

 タイトルを見れば一目瞭然、ビートルズの記録を破って7曲連続全米チャートナンバーワンを達成し、その圧倒的な歌声がTHE VOICE”と称えられた女性歌手、ホイットニー・ヒューストンの半生を描いた作品だ。注目は脚本を手がけたのが『ボヘミアン・ラプソディ』のアンソニー・マクカーテンであることだ。彼は『博士と彼女のセオリー』や『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』など、実話伝記作品で賞賛を集めている。

 本作の企画は『ボヘミアン・ラプソディ』を大成功させたマクカーテンが、ホイットニー・ヒューストンの魅力を引き出したプロデューサー、クライヴ・デイヴィスとの偶然の出会いからはじまっている。ふたりはニューヨークで会食。そのときにデイヴィスからホイットニーの映画を提案されたのだという。

 デイヴィスはホイットニーを高みに誘った辣腕プロデューサーとして知られている。提案を受けた時点では、作品になるかどうか得心が持てなかったというが、彼女の圧倒的なパフォーマンスのビデオを見て映画化を決意した。

 ホイットニーの半生については、結婚後のスキャンダルはマスコミをにぎわしたが、意外に素顔は語られてこなかった。マクカートンはヒット曲を散りばめながら、その実像にさりげなく迫っている。バイセクシュアル的な嗜好があったことや、反面、古風な家庭像に憧れていたことなどが控えめに語られる。

 監督は女優としても知られるケイシー・レモンズ。『羊たちの沈黙』にも顔を出したアフリカ系で、監督としては『ケイブマン』や『クリスマスの贈り物』、『ハリエット』など、バラエティに富んだ作品歴を誇っている。レモンズはスキャンダルにまみれながら、自分らしさを凛として守ったホイットニーの軌跡を誠実に紡ぎだしていく。

 出演はホイットニーに『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』のナオミ・アッキーが抜擢されたのをはじめ、デイヴィス役には『シェフとギャルソン、リストランテの夜』の監督・主演で知られるスタンリー・トゥッチ。さらに『ムーンライト』のアシュトン・サンダース、『フライト』のタマラ・チュニー、Netflix作品『ヘルウィーク』のナフェッサ・ウィリアムズなどが結集している。

 ホイットニー・エリザベス・ヒューストンは、スイート・インスピレーションのリードボーカル、シシーの3番目の子供として生まれた。教会の合唱団でも美声を発揮し、自分でも歌手になることを夢みていた。

 母親は厳しく娘を指導するとともに、自分のステージにたびたび娘を出演させていた。

 ある晩、アリスタ・レコードのクライヴ・デイヴィスがステージを見に来たことで彼女の人生は大きく変わっていく。才能を認めたデイヴィスはホイットニーを単なるソウルシンガーではなく、万人にアピールする樂曲を提供することで肌の色を超えたスターとして育てていく。

 同性の高校生と束の間愛人関係だったホイットニーだったが、いい夫と子供に恵まれた昔ながらの家族関係を望んでいた。しかし、スターになればなるほど、ろくな男しか出会えず、好きになった男は悪名高きボビー・ブラウンだった。彼女の人生はここから大きく暗転していく――。

 ストーリー自体はひとりの女性が自分らしくあろうともがく姿を浮き彫りにしている。それほど衝撃的な発見はないのは、アンソニー・マクカーテンが関係者に対して配慮したからだろう。『ボヘミアン・ラプソディ』と同じく、懸命に生きた誠実な主人公と周囲の人々のスタンスを崩していない。問題児のボビー・ブラウンにしても、愛すべき一面もきっちりと描きこんでいる。誰が悪いのでもなく、スターであることに疲れ切り、ドラッグに手を出して消えていった歌姫を静かに偲んでいる。

 もちろん、本作の最大の魅力は「すべてをあなたに」や「オールウェイズ・ラヴ・ユー」、「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」、「すてきなSomebody」などなど、あまりにも有名なヒット曲の数々だ。ヒューストン財団の協力のもと、最高の状態のヒューストン自身のオリジナルを駆使して、映像に輝きを持たせている。ナオミ・アッキー自身も歌は得意というが、ここではホイットニーの歌い方、呼吸法をマスターして歌う演技をしている。まこと、それが正解だった。メロドラマチックなストーリーよりも、流れる歌の数々がホイットニーの輝きを表している。

本作をみて思うのは、世界は素晴らしい才能を失ってしまったということ。“THE VOICE”の称号を噛みしめるひととき。音楽ファンなら注目したい作品だ。