『トゥモロー・モーニング』は夫婦の機微を浮き彫りにした楽曲が並ぶ、ユニークな英国製ミュージカル。

『トゥモロー・モーニング』
12月16日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMA、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
配給:セテラ・インターナショナル
©Tomorrow Morning UK Ltd. and Visualize Films Ltd. Exclusively licensed to TAMT Co., Ltd. for Japan
公式サイト:http://www.cetera.co.jp/tomorrowmorning/

 長年に及ぶコロナ禍はさまざまな変化を私たちにもたらした。仕事の仕方から人とのつきあい方まで、これほど影響が出るとは思わなかったが、今さらながらに人と接することで生活が成り立っていることを痛感させられた。とりわけ、人が集まることで成立する映画や演劇興行などは苦難の日々。人を呼び込めない苦しさをとことん味わった。

 本作のオリジナルはステージだった。2006年にイギリスのハムステッドで幕を開けたミュージカル。そこからニューヨークのオフ・ブロードウェイなどに転進し、4大陸6カ国で公演するほどの好評を博した。日本でも2013年に上演され話題を呼んだ。

 2021年にはロンドンの初演15周年を記念した再演が計画されていたが、コロナ禍で中止になってしまった。だがそれに代わって、本作の映画化のプロジェクトが生まれることになった。

 監督に当たったのは、初演に引き続き15周年公演でも演出する予定だったニック・ウィンストン。ステージの演出、振付を数多く経験しているが、映画作品で日本公開されるのは初めてとなる。ウィンストンは、脚本・作詞・作曲を手がけたこの作品の生みの親ローレンス・マーク・ワイスと組んで、映画ならではの趣向を施した。

 もともとのステージは二組のカップルが、異なる時点にいるひとつのカップルを演じる趣向だった。映画化に当たっては登場人物を増やし、同じ俳優たちに過去と現在を演じ分けさせる手法に変更した。ステージの斬新な趣向を捨てて、より映画的な方法で勝負しようとの算段だ。さらに新しいキャラクターをつくり、物語を豊かに広げていった。その結晶が本作ということになる。

 出演者も必然的にステージで活躍するスターたちが選ばれ®た。まずミュージカル女優として「シカゴ」や「アナと雪の女王」をはじめ、数々のヒット作のヒロインを務めたサマンサ・バークス。映画も『レ・ミゼラブル』や『プラハのモーツァルト』などに顔を出し、美声を披露している。

 相手役を務めるラミン・カリムルーも「オペラ座の怪人」、「レ・ミゼラブル」「ファニー・ガール」などの作品に主演した大物。ともに映画に挑む機会のなかったふたりが丁々発止と競い合う。歌唱力は申し分なく、演技力も評価されるふたりが、大都市ロンドンを背景に唄い、演技する。これは注目に値する。

 ロンドンの夕暮れ時。ビルとキャサリンが、孤独の中で愛と人生について、思いをめぐらせていた。

 ふたりは、結婚十年目ながら、明朝に離婚調停の審理を控えている。

 明日の朝にはすべてが変わる。こんな日を迎えるなんて、あのときは夢にも思わなかった。幸せいっぱいだったふたりは、それぞれ10年前の瞬間を鮮明に覚えていた。テムズ川のほとりで、翌朝に結婚を控えたビルに、キャサリンは「約束してくれる? たとえ世界が崩れ落ちたとしても、いまこの瞬間の私たちのことを絶対に忘れないって」と語りかけた。

 ビルが「約束するよ」と誓い、ふたりは熱いキスを交わして幸せを実感した。

 10年後の現在、キャサリンは現代アートの新星として注目を浴びている。ビルは、小説家の道をあきらめたが広告業界で実力を発揮し、敏腕コピーライターとして鳴らしている。

 だが、ふたりの間には諍いが増え、ひとり息子ザックも困惑するほどになっていた。

 お互いに感情的な限界に達していたが、ビルもキャサリンもザックのことが心配だった。何かいい解決法はないのか。悩みながらふたりは街を彷徨う――。

 つきあいが長くなったカップルなら誰しも身に覚えのあるトラブル、諍いが登場する。ビルとキャサリンはいわば代弁者。夫婦であっても相手の成功に対する嫉妬、羨望はあるし、相手のちょっとした欠点が我慢できなくなることもある。そうしたカップル間の機微を、ニック・ウィンストンは細やかにスケッチしていく。なにより舞台と異なり、ロンドンの街並みを大胆に取り入れられる喜びが画面に満ち満ちている。

 ローレンス・マーク・ワイスの脚本は舞台ほどユニークではなくなったが、誰でも持ち得る感情をきっちりと浮かび上がらせている。

 もちろん、なにより素敵なのは作詞・作曲を手がけた楽曲の数々だ。「Everything Changes」や「I`ve Met My Match」をはじめとするナンバーはストーリーに寄り添い、耳に馴染よく響く。親しみやすいが現代的なイメージの曲ばかりだ。

 出演者は多少、年齢が行き過ぎている感はなくもないが、10年感の差を演技でカバーして、巧みに演じ分ける。さすがにミュージカル界のスターである。

 ロンドンの名所を映し込みながら、朗々と謳いあげる愛の寓話。ミュージカル好きには必見の作品だ。