『あのこと』はスリリングで画面に釘付けになる、ヒロインの目線と一体化した映画体験!

『あのこと』
12 月2日(金)より、 Bunkamura ル・シネマほか全国順次ロードショー
配給:ギャガ GAGA★
© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – FRANCE 3 CINÉMA – WILD BUNCH – SRAB FILM
公式サイト:https://gaga.ne.jp/anokoto/

 2021年、第78回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞に輝いた作品である。

 ポン・ジュノが員長を務めた審査員の全員一致で最高賞を獲得したことで、本作は、一躍、注目を集めた。さらに原作者のアニー・エルノーが本年度のノーベル文学賞を受賞したことでも話題を集めることになった。

 エルノーについて調べてみると、彼女は今年82歳、自伝のかたちをとりながら、フィクションの要素を持ち込む手法、オートフィクションの第一人者として知られている。

 殆どの作品が自らの体験、あるいは家族の体験に基づいている。つまりは20世紀後半の激動する世界に生きた女性がどのように時代と対峙したかが、作品に克明に綴られているわけだ。この姿勢が評価されてフランスの文学賞を数多く受賞。ノーベル文学賞の受賞は近いと噂されていた。

 当然ながら、彼女の作品は女性の支持者が多く、発表されるたびに注目されてきた。映画界も彼女に着目し、1991年に発表した小説「シンプルな情熱」を2020年に映画化。パリの大学で教鞭をとる女性が、ロシア大使館に勤める既婚者と恋に落ちる内容。センシュアルで耽美的。ひさびさの恋愛映画と高い評価を受けた。

 本作は、エルノーの小説のなかでも最も女性の共感度が高いといわれている2000年の小説「事件」の映画化だ。未だ人工中絶が違法とされていた1960年代のフランスを背景に、望まぬ妊娠をしてしまった女子大生の軌跡が克明に綴られる。

 脚本家で2019年に『Mais vous êtes fous』(原題)で監督デビューを果たしたオードレイ・ディヴァンは、一読するや小説に強い感銘を受けた。自らの合法的な中絶体験を反芻しながら、かつての女性たちが強いられた不条理さに憤るとともに、中絶反対運動が今なお世界各地で起きている状況を鑑み、映画化を決意したという。

 監督2作目となるディヴァンは、原作者に直訴して直接取材、彼女の生々しい記憶を聞き、確かな手応えを得たという。脚本化に当たって、『愛する人に伝える言葉』のマルシア・ロマーノと共同で挑み、作家で女優でもあるアンヌ・ベレストにも協力を求めた。自分と異なる女性の視点を取り入れながら、脚本を徹底的に練り込んだ。

 仕上がった作品はヴェネチア国際映画祭で絶賛され、世界各国の批評家たちから絶賛された。「衝撃の映画体験だ」という声も上がるほど、ディヴァンは構成に趣向を凝らした。

 カメラはひたすらヒロインを捉え、映像は彼女と一体化していく。観客はヒロインの心情を、緊迫感をもって窺い、その決断を見守るしかない。

 なにより、ヒロインは被害者顔をするつもりはない。不合理な現実に積極的に立ち向かい、あらゆる可能性を模索していく。彼女の真摯な姿には思わず応援したくなる。

 映画は妊娠に気づいたヒロイン、アンヌにカメラを据える。

 労働者階級の出身で知性と努力で大学に進学、輝かしい未来にするためにに、日々勉学に勤しんできた彼女にとっては、妊娠は青天の霹靂。

 親に相談するわけにもいかない。ズルズルと時間は過ぎる。相手の男は休暇で知り合った男。頼りにならないし、助けてくれる様子すら見せない。彼女は誰にも相談せずに解決を求めるしかなかった――。

 彼女の日々がスリリングに描かれていく。彼女はどんな決断をするのか、観客は緊迫感に包まれながら、ヒロインの一挙手一投足に釘付けとなる。ディヴァンは社会派を気取って、ヒロインを時代の犠牲者に仕立てない。不合理な社会状況に断固として立ち向かい、自分の生き方を貫こうとする存在として描きぬく。

 アンヌを演じるのはルーマニア出身のアナマリア・ヴァルトロメイ。意志の強そうな、知性のきらめきを感じさせる表情はこの役にピッタリとハマっている。本作で未来を嘱望させる、フランスのセザール新人賞を獲得したのも頷ける。本作をみたら、記憶に焼き付くこと間違いなしの容姿の持ち主だ。

 人工妊娠中絶を未だに宗教上の観点から禁止している国もある。自由を謳うアメリカ合衆国ですら、州によっては禁止となっているのだから、驚く。

 安易に堕胎に走る風潮は賛同できないが、選択肢としての中絶はあった方がいい。選択肢を用意することは大切だと思う。女性主導の作品だが、男女を超えて本作をお勧めしたい。