『人質 韓国トップスター誘拐事件』はリアルで手に汗握る、本格派サスペンス・アクション!

『人質 韓国トップスター誘拐事件』
9月9日(金)より、シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷、109シネマズ木場ほか全国ロードショー
配給:ツイン
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公式サイト:https://hitoziti-movie.com/

 実在の俳優が自分自身を演じる趣向はこれまでもないわけでもない。ただどちらかといえばお遊び的な設定で、俳優自身の生活にリアルに立ち入るケースはほとんどなかった。

 俳優だって素顔は知られたくないものだし、それを嘘くさくなく演じるとなると演技力がさらに求められる。自分自身をリアルに演じるためには、自己露悪に陥らずにさらりと表現できる存在が望まれる。

 この難事に敢えて挑戦したのが韓国を代表する演技派スター、ファン・ジョンミンだ。作品を挙げるだけでも、『新しき世界』に『国際市場で逢いましょう』から始まって、『ベテラン』や『コクソン/哭声』、『アシュラ』そして『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』、『ただ悪より救いたまえ』などなど、ジャンルを問わずに圧倒的な存在感をみせる。ソン・ガンホと並んで韓国映画界第一級の俳優である。しかも活動は映画に留まらずに舞台、ミュージカルに及ぶ。個性的な容姿から放つ深みのある演技には定評がある。

 そのファン・ジョンミンが彼自身を演じ、誘拐されたばかりか、殴られ、痛めつけられ、死の危険に直面するという展開なのだから、只事ではない。

 これが長編劇映画デビューとなる監督のピル・カムソンは、シナリオ段階からファン・ジョンミンを念頭に書き上げたという。短編映画で頭角を現し注目されたカムソンは、この演技派俳優が誘拐されて絶体の危機にあっても、必死に事態に立ち向かうというアイデアに夢中になった。ファン・ジョンミンもカムソンの熱意にうたれて出演を快諾した。他人がファン・ジョンミンをどのように捉えているのか興味があったのだろう。

 かくして実名俳優が誘拐されるというノンストップ・アクションが誕生することになった。このアイデアをもとにカムソンはとことんリアルかつサスペンスフルにストーリーを紡いでみせる。

 ソウルで新作映画の記者会見に出席したファン・ジョンミンは、帰りにひとりになったとき、得体のしれない若者に絡まれ、やり過ごそうとしたが自宅前で拉致されてしまう。

 気がつくと、パイプ椅子に縛りつけられた状態になっていた。どうやら高額の身代金目当ての一味に誘拐されたようだ。

 どこまでもゲーム感覚の犯人5人は、現在ソウルを震撼させている猟奇殺人事件を起こした凶悪集団であることが分かってくる。

 脅迫に屈して身代金5億ウォンの支払いを約束したジョンミン。同じく監禁されている女性を励ましながら、脱出する術を必死に模索する。

 冷酷な誘拐グループは、大規模な捜査を繰り広げる警察を歯牙にもかけず、暴走を繰り返す。捜査もなかなか進展しなかった。

 ジョンミンの武器は人を動かす演技力だけだった。渾身の“熱演”で一か八かの賭けに打って出た。首尾よく成功したと思われたが、思いもかけない事態が待ち受けていた。

 ジョンミンは、否応もなく兇悪集団との対決に巻き込まれていく――。

 94分という上映時間、息つく暇もない。カムソンは次々と仕掛けを設けて予断を許さず、全速力で走りぬく。

 なにより凄いのはリアルな設定だ。ファンに絡まれる経験は俳優にとってはありがちなことだが、その相手が兇悪集団だったらどうなるか。日本でも得体のしれない若者は少なくないが、格差社会であり脱北者も混じっている韓国では、自暴自棄的な若者の存在ははるかに真実味を帯びて迫ってくる。この何をするか分からない兇悪集団の凄味がサスペンスを加速する。話しても分からない獣にどのように対すればいいか。見る者はジョンミンの気持ちになって、歯噛みするしかない。

 この緊迫したジョンミンの立場の一方で、猟奇殺人事件を捜査する刑事たちの活動が描かれる。手がかりのないまま、それでも捜査を止めるわけにもいかない彼らの焦燥感がきっちりと描かれてから、一気にクライマックスになだれ込むのだ。上映時間の絶妙な長さを含め、まったくだれることなくスリルが持続する。犯人たちはどこまでも極悪で、被害者たちを平然と血祭りにあげる。メリハリの利いた語り口、カムソンの長編デビューは素敵な仕上がりとなった。

 自身を演じファン・ジョンミンはさすがに演技派の名に恥じない。どこまでも自然に被害者の心情、恐怖、不安を焼きつけつつも、最後はヒーロー的なスタンスで輝きウをみせてくれる。

 彼の演技を受けて、キム・ジェボム、リュ・ギョンス、チョン・ジェウォン、イ・ギュウォン、イ・ホジョンが演じる兇悪集団の不気味さを炸裂させる。同じく誘拐された女性役のイ・ユミともども、ジョンミンの演技に呼応して、みごとなほど役になりきっている。

 ノンストップア・アクションとして、最後の最後まで惹きつける。拾い物の作品と言っておきたい。