『キングメーカー 大統領を作った男』は韓国の政治家と選挙の実態を描いてグイグイと惹きこまれる面白さ!

『キングメーカー 大統領を作った男』
8月12日(金)より、シネマート新宿ほか全国順次ロードショー
配給:ツイン
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公式サイト:https://www.kingmaker-movie.com/

 日本では現在、国会議員とカルト宗教のつながりがメディアを賑わしている。

 政治家というものは、選挙の票を集めるためなら悪魔とも手を結ぶそうだから、さして驚くことではないが、カンタンに証拠を握られるなんてやり方があまりに下手過ぎる。

 もっとも政治家の行状はいずこも変わらないようで、政治家や選挙を題材にした映画は世の東西を問わず見応えのあるものが少なくない。欲に絡んで、理想と現実が露わになり、人間の弱さ、崇高さが混在するからだ。

 本作は近年、さらに好調さを増している韓国映画界が生み出したポリティカル・サスペンスである。韓国は大統領選挙の顛末でも分かるように、負ければ汚職を問われて刑務所送りになることも珍しくないというし、たとえ大統領になっても、辞めた後に逮捕される例も多い。それだけに政治に対する熱さと真剣味は他の国を寄せ付けない。

 本作は後に大統領になる政治家と、彼の陰のブレーンとして活動した男の葛藤のドラマである。どこまでも理想を掲げて生きたいと願う政治家キム・ウンボムに対して、現実の厳しさのなかで策を弄しても政治家を勝たせたいブレーンのソ・チャンデ。ふたりの思いが時代の流れのなかでぶつかり合い、火花を散らす。

 脚本・監督は『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』で注目された ビョン・ソンヒョン 。「無骨ではなく洗練された選挙の話を描きたかった」とコメントしているが、歴史の重みを感じさせながら、あくまでもエンターテインメントに徹して、考え方の違う男同士の対決のドラマに仕上げている。本格的な政治映画に仕上げて豊かな才能を証明してみせたわけだ。

 ましてこのストーリーが実話をもとにしていると聞くと、驚きを隠せない。日本でもなじみの深い、後に大統領となった金大中(キム・デジュン)と選挙参謀だった厳昌録(オム・チャンノク)の実人生がもとになっている。まさにフィクションのような現実が実際に繰り広げられていたわけだ。

 主演は『オアシス』や『殺人者の記憶法』など、韓国を代表する名優に数えられているソル・ギョング。『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』にも主演していることもあって、ビョン・ソンヒョンの演出には深い信頼を置いている。あくまでも理想を掲げ、善き政治を貫かんとするキム・ウンボムを誠実に演じ切っている。

 一方のソ・チャンデに扮するのは『パラサイト 半地下の家族』でIT企業の社長を軽妙に演じたイ・ソンギュン。本作では打って変わって、陰のブレーンに甘んじなければならない男の悲哀を存在感豊かに表現する。北の出身であるがゆえに政治の表舞台に立てない現実のなかで、黒子としての喜びを見いだそうとするキャラクターがピッタリとハマっている。本作の真の主演者である。

 韓国東北部で小さな薬局を営むソ・チャンデは、独裁政権を打倒して世の中を変えたいと考え、野党・新民党の政治家キム・ウンボムの選挙事務所を訪ねる。

 チャンデはウンボムに手紙を送り「相手側の10票を減らす」提案をしていた。しかしウンボムは「政治は票稼ぎを目的にしてはいけない」と一蹴。「正義こそが社会の秩序だ」とアリストテレスの言葉を引用する。

 チャンデは「正しい目的のためなら手段は不問」というプラトンの言葉を持ち出し、手伝いを申し出る。彼には北出身者に対する差別に苦しんだ出自があった。世の中を変えたいという熱意を示し、手伝いを直訴。父を差別で殺された事実を明かして迫る。ウンボムは弁舌も巧みで説得力のあるチャンデを事務所に迎え入れることを決意した。

 手段を選ばないチャンデの参加でウンボムの認知度は増していく。誠実な政治家としてアピールするために、チャンデは競争相手を出し抜く策略を弄し、野党のなかでも需要な存在になり上がっていく。しかしチャンデの手段を選ばないやり方を、ウンボムは決して認めているわけではなかった。野党の総裁になった後、ウンボムを怒らせる事件が起きる。この事件がふたりの仲を決裂させる事態になっていく――。

 陰のブレーンとして競争相手を出し抜き、やり込める痛快さで前半を引っ張っていき、後半は野党総裁の座をかけた丁々発止の騙しあい。チャンデという天才の手法を楽しむ展開となる。ウンボムの誠実な政治方針を知らしめるために、時には“毒には毒をもって制す”ことが必要だと十分に納得させてくれる。ビョン・ソンヒョンの語り口はメリハリが効いていて見る者を惹きこんでいく。

 ただ痛快な政治コメディであればそれで充分だが、なにせ実在の人物をモデルにしているだけにこのままでは終わらない。チャンデは卓抜した能力を誇りながら、出自のために陰の存在に甘んじなければならない運命。社会に認めてもらえない悲しみを背負って生きている。誠実な政治を訴え続けるウンボムとは異なる、深い屈折がある。当然ながらふたつの個性は融合することなく、決裂することになる。ウンボムが金大中であるなら、この映画が描く時代の後で、誘拐されるなど辛酸をなめてから大統領となり、チャンデは決裂した後に政界からフェイドアウトしていった。ふたりの対照的な生き方に韓国の激動の歴史を見ることができる。

 それにしてもチャンデ役のビョン・ソンヒョン、ウンボム役のソル・ギョング、いずれもがみごとな存在感だ。役柄的には屈折のあるチャンデの方が俳優冥利に尽きるキャラクター。ビョン・ソンヒョンが熱演を披露している。

 日本でここまで突っ込んだ政治サスペンスはつくれない。痛快さと重厚さを併せ持ち、なによりエンターテインメントとして見応えがある。お勧めする所以である。