『L.A.コールドケース』は実在のラッパー殺人事件を題材にしたスリリングなクライム・サスペンス。

『L.A.コールドケース』
8月5日(金)よりヒュマントラストシネマ渋谷、グランドシネマサンシャイン池袋ほか全国ロードショー
配給:キノフィルムズ
©2018 Good Films Enterprises, LLC.
公式サイト:https://la-coldcase.jp/
 

 ジョニー・デップと言われて容姿の思い浮かばない映画ファンはいないだろう。最近は元妻アンバー・ハードとの裁判沙汰ばかりが話題となっているが、間違いなくアメリカ映画界を代表するスターである。

 精力的に活動する、同世代のトム・クルーズにはいささか水をあけられてしまったが、個性、演技的にも突出しているし、ギタリストとしても腕前を称えられている。

 ただデップにとっての不幸は、カリカチュアされたキャラクターで人気を爆発させたことだろう。盟友ティム・バートン監督の『シザーハンズ』や『チャーリーとチョコレート工場』、『アリス・イン・ワンダーランド』などの漫画的なキャラクターをみごとに演じ、その延長線上にある『パイレート・オブ・カリビアン』シリーズのジャック・スパロウ役で圧倒的な支持を集めた。

 もちろん『ギルバート・グレイブ』の昔から『ネバーランド』まで、シリアスなキャラクターも演じ続けてはいるが、どうしてもインパクトが弱い印象だ。私生活のスキャンダルのせいか、ここのところ誇張されたキャラクターを演じた作品でもあまりヒットしなくなっている。ようやく裁判で勝訴し、これからという時期となった。自らプロデュースを引き受けた2020年作品『MINAMATA―ミナマタ―』では実在のカメラマン、W・ユージン・スミスを演じたが、それに先立って2018年に製作された本作でも、製作総指揮を引き受け実在のキャラクターを熱演している。

 本作はアメリカ音楽界でセンセーションを巻き起こした殺人事件に材を取る。

 1996年9月8日、マイク・タイソンの試合を観戦後、銃弾を4発被弾して6日後の9月13日に死亡した2パックの事件と、ロサンゼルスでパーティーの帰途に銃撃を受け、1997年3月9日に死亡したノトーリアス・B.I.G.の事件である。ともに当時のヒップホップ界を2分するスーパースターだっただけに、事件は大々的に扱われたが、現在に至るまで犯人は特定されず、真相も明らかにされていない。

 この2つの事件はランドール・サリヴァンによって「LAbyrinth: A Detective Investigates the Murders of Tupac Shakur and Notorious B.I.G., the Implication of Death Row Records’ Suge Knight, and the Origins of the Los Angeles Police Scandal」という長いタイトルのノンフィクションにまとめられている。本作はその映画化である。

 脚本を担当したのは俳優出身のクリスチャン・コントレラス。脚本家デビューとなる彼は、舞台となった時代のドキュメンタリーを見まくり、新聞記事を読み漁って、この事件の背景となった社会の動きをとらえた。未解決事件だけに、細かい部分にもかなり神経を使ったという。

 監督を任されたのは『リンカーン弁護士』や『潜入者』などクライムドラマや実録サスペンスを得意にするブラッド・ファーマン。実話をもとにしているだけに、インパクト本位の演出は出来ないが、巧みな語り口でサスペンスを盛り上げていく。

 かつてLAPD(ロサンゼルス市警)に在籍し、2パックとノトーリアス・B.I.G.の殺人事件を捜査したラッセル・プールは、刑事を辞めた後も独自に捜査を進めていたが、18年たった今も事件は未解決のままだった。

 ある日、プールのもとに、ノトーリアス・B.I.G.(クリストファー・ウォレス)事件を記事にしようとする記者ジャック・ジャクソンが取材に訪れる。

 ジャクソンはプールとのつきあいのなかでデス・ロウ・レコードの設立者シュグ・ナイトとLAPDとの深い闇を知ることになる――。

 ひとりの誠実な刑事が事件に関わった自らの組織に立ち向かい、その結果、自らが築いたすべてのものを失うが、決して真実を求めることを止めようとしなかった。ジョニー・デップが演じるキャラクターとしては珍しくシンプルなのだが、年輪を重ねた容姿にふさわしく好感を覚える。

 事件自体が解決しているわけではないので、むしろデップ演じるラッセル・プールの誠実な男伊達を称えたいという作品の意向は映像にきっちりと反映されている。表情を変えずに誠実に事件に当たるキャラクターは、よく似合っている。いつまでも誇張されたヒーローを演じていくわけにもいかないとなれば、こうした役に挑み続けて演技派としての幅を広げることが肝要だ。

 まして相手役のジャック・ジャクソンに扮するのが、クリント・イーストウッド監督作の『バード』でカンヌ国際映画祭男優賞に輝き、『ラストキング・オブ・スコットランド』でアカデミー主演男優賞を手中に収めたフォレスト・ウィテカー。デップのオフビートな演技に対して丁々発止と渡り合い、個性を浮き彫りにしてみせる。ふたりの演技で作品の魅力はさらに増すことになった。

 どちらかといえば派手な意匠ではないが、クライムドラマのファンなら応えられない仕上がり。実話なのに、作品がどこに決着するのか予断を許さない。こういう作品がデップには似合う気がする。まずはご一見あれ。