『ベイビー・ブローカー』は韓国の実力派俳優が素晴らしい個性を発揮した、是枝裕和の最新監督作!

『ベイビー・ブローカー』
6月24日(金)より、TOHOシネマズ日比谷、TOHOシネマズ新宿、新宿バルト9ほか全国ロードショー
配給:ギャガ
ⓒ 2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED
公式サイト:https://gaga.ne.jp/babybroker/
 

 2018年に『万引き家族』がカンヌ国際映画祭の最高賞、パルム・ドールに輝き、フランスのセザール賞外国語映画賞を獲得。そしてアメリカのアカデミー賞にノミネートされたことで、監督・是枝裕和の名は世界的に知られることとなった。

 続けさまに、是枝監督はカトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークを主演に迎えた『真実』を発表。おとなし目の語り口ではあったが、海外でも彼の演出力が通用することを証明してみせた。本作はそれに続く。台頭目覚しい韓国映画界の実力あるスタッフとキャストを揃えて、韓国語映画に仕上げてみせたのだ。

 本作はカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、エキュメニカル審査員賞と主演のソン・ガンホが最優秀男優賞に輝いた。ソン・ガンホは2019年のパルム・ドール作品『パラサイト 半地下の家族』のイメージが強烈だったこともあって、受賞が決まったのだろう。ソン・ガンホの存在感、演技をもってすれば、画面からにじみ出るインパクトは至極、当然だ。

 プレスによれば、企画の始まりは6年前に遡るという。是枝監督が書いた簡単なプロットをもとに、構想が広がっていった。その時点で、『空気人形』で是枝作品の経験のあるペ・ドゥナや、『華麗なるリベンジ』のカン・ドンウォン、そしてソン・ガンホとの間で既に映画をつくる話が持ち上がっていたので、企画はじっくりと練り込まれていった。

 是枝監督はかねてより「赤ちゃんポスト」の問題に強い関心を抱いていて、日本よりも韓国の方が利用者が多いことを知って題材に選んだ。韓国で取材をしながら脚本を書きあげたとコメントしている。

 出演者はソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナに加えて、女優として新境地に挑むトップ歌手のイ・ジウン(IU)、人気ドラマ「梨泰院クラス」で人気の出たイ・ジュヨンが参加。さらに撮影は「流浪の月」でも素晴らしいカメラワークをみせたホン・ギョンピョが担当しみごとな映像を紡ぐなど、みごとなコラボレーションをみせている。豪華なキャスト、実力派スタッフが妍を競う。素敵な仕上がりである。

 借金に追われながらクリーニング屋を営むサンヒョンは、児童養護施設出身のドンスと組んで、子供を欲しがる人に「赤ちゃんポスト」に置かれた新生児を売る、闇の仕事を行なっている。

 ある晩、若い女ソヨンが置いた赤ちゃんを連れ去るが、ソヨンが思い直して戻り、サンヒョンとドンスを詰問。大切に育ててくれる家族をみつけようとしただけだとの言い訳と分かりながらも、自分も捨てた事実があり、文句の言いようがない。結局3人で、親探しの旅に出ることになる。

 一方、彼らを追跡し、検挙しようとする刑事のスジンと後輩のイの二人組は現行犯で捕えようと彼らの後を追う。

 3人と赤ちゃんの旅は、さまざまな階層の養父母たちをめぐることになり、刑事二人もひたすら監視する。

 この旅は図らずも韓国の人々の家族意識を浮き彫りにすると同時に、サンヒョン、ドンス、ソヨンの家族観、育った環境も明らかになる――。

 いってみれば、家族の在り方を問いかけるロードムービーなのだ。赤ちゃんを連れて、旅するうちに、それぞれの出自が浮き彫りにされるが、それがどれも切なく哀しい。施設で母を待ちながら成長したドンス。サンヒョンは自分の不甲斐なさから家庭を壊してしまった悔いから、何とか立て直そうとするが、元に戻るはずもない。ソヨンも悲しい境遇は人後に落ちない。過酷な環境だからこそ子供を捨てようと思ったのだ。

 誰も決して悪人ではない。だが社会が悪いと片づけるのは簡単だが、そう言い切れない状況もあったりする。登場人物はいずれもが欠点のある、等身大の存在だ。人並みに感情があり、哀しみも背負っている。是枝演出はむしろ淡々と彼らの旅を綴る。画面には情感がにじみ出て、それぞれのキャラクターにエールを送りたくなるが、まったくのハッピーエンドが訪れるはずもない。是枝監督はできるだけストレートに素直に物語った。それが功を奏した。大向う受けのする問題作ではないが、人の心に深い余韻が残る。

 それにしても俳優たちの演技が素晴らしい。ソン・ガンホはサンヒョン役で受けを意識しながら、圧倒的な存在感を披露する。ドンス役のカン・ドンウォンは母の愛を待ち望みつつ大人になった孤独感、哀しみをくっきりとみせる。ソヨン役のイ・ジウンは修羅のなかでも生き抜こうとする母の強さを熱演。彼らを見守るスジン役のペ・ドゥナの軽味にみちた演じっぷりがイ刑事役のイ・ジュヨンの張りきりと好対照。絶妙のハーモニーを醸し出してくれる。是枝監督の指導がいいのか、群を抜いたアンサンブルをみせてくれる。

 それぞれの愛すべきキャラクターに触れ、じわじわと感動が迫ってくる。ソン・ガンホの主演男優賞は納得。最後に拍手を贈りたくなる仕上がりだ。