『エルヴィス』は“キング・オブ・R&R”の熱狂をヴィヴィッドに再現した、圧巻の音楽映画!

『エルヴィス』
7月1日(金)より、TOHOシネマズ日比谷、丸の内ピカデリー、新宿バルト9ほか全国ロードショー
配給:ワーナー・ブラザース映画
©2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved
公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/elvis-movie/
 

 タイトルからも伺えるように、本作はアメリカ音楽業界に燦然と輝く、“キング・オブ・R&R”こと、エルヴィス・プレスリーを題材にした音楽映画である。

 もちろん、監督がバズ・ラーマンなのだから、単なる音楽伝記映画に留まるはずがない。時代をヴィヴィッドに切り取った、圧巻の音楽と映像の世界が約束されている。

 振り返れば、ラーマンは1992年監督デビュー作『ダンシング・ヒーロー』のときから熱い注目を浴びていた。単純な社交ダンスのヒーロー物語の貌をしつつ、キッチュでブラックなコメディに仕立てて、個性を主張。カンヌ国際映画祭で熱狂的な支持を集めた。続くレオナルド・デカプリオ主演の1996年作『ロミオ+ジュリエット』ではシェークスピア世界を現代メキシコに置き変えて、純愛をファンキーに構築。

 2001年の『ムーラン・ルージュ』では大胆に有名カヴァー曲を取り込んだサーカス的ミュージカルに仕立て上げた。キッチュで斬新さが大いに話題をまいた。故国を賛美した2008年作『オーストラリア』では大人しく今ひとつラーマンらしさがみえなかったが、2012年の『華麗なるギャツビー』で3Ⅾ映像を駆使したゴージャスな世界を紡いでみせた。

 それからしばらくの間、鳴りを潜めていたと思ったら、本作で華麗に復活。ラーマンの個性全開の映像で勝負してみせる。

 もちろん、ストーリーの核となるのは、一介のトラックの運転手だったエルヴィスが、サーカスの興行師トム・パーカー大佐と出会ったことで、史上初のロックンローラーのアイコンになり、スターダムに君臨しながら朽ちるまでの生涯。人気が出るも、徴兵されて、ドイツに従軍し、プリシラと恋におちるところも紡がれる。晩年のラスベガスでのショーまできっちり押さえてある。

 なによりラーマンは、大胆に省略とクローズアップを繰り返しながら、このスターの生まれた時代、アメリカという多民族国家の混沌たる風土を浮かび上がらせる。そのためにラーマンの盟友クレイグ・ピアース、さらに原案から参加したジェレミー・ドネル、サム・ブロメルなどの才能を結集し、脚本を練り上げた。

通説では、トム・パーカーが搾取しまくったことがこの不世出の歌手の生涯を縮めたことになっているが、ラーマンはその関係性を深く抉ってみせる。パーカーは冴えないサーカスの興行師だったが、スターの原石を見いだす力はあった。彼がいなかったらエルヴィスがスターダムにのし上がることはなかったともいえる。ケチな守銭奴がショービジネスを動かす地位を得てしまった。そのブラックな人生の皮肉を、ラーマンは軽快に描き出してみせる。あえてアカデミー2度受賞のトム・ハンクスをこの役に据えたのも、単なる悪役キャラクターに終わらせない意図の表れだ。特殊メイクを駆使して、ハンクスはこのどこか憎めない怪人を巧みに演じ切る。

 ラーマンが、このふたりの関係以上に力を込めて描いたのは「時代」だ。アフリカ系の人々を人間扱いしていなかった時代に、彼らのブルースやゴスペルに大きな影響を受けたエルヴィスという存在が、エスタブリッシュ階級にどれだけ忌み嫌われたかを描き、そうした圧力を吹き飛ばす若者たちの熱狂をくっきりと焼きつける。

 エルヴィスが登場したことで、抑圧されていた若い熱狂が一気に炸裂した。R&Rの台頭がまさに若者の時代に移行する象徴となった。エルヴィスにはそれだけの起爆力があったことを、ラーマンはファナティックな映像、メリハリの利いた音楽で見る者の胸に沁みこませる。これだけ、みるだけで熱くなる作品も久しぶりだ。

 出演者はハンクスを筆頭にいずれも素晴らしいが、なかでもエルヴィス役に抜擢されたオースティン・バトラーが出色だ。決して容姿がそっくりなわけではないのに、そのダイナミックな振り、歌唱をみせられていくうちに、本人のカリスマ性が憑依しているかのように思えてくる。その姿をみていくと、どうして抑圧されてきたアメリカの若者たちが興奮し熱狂したのかが、みごとに絵解きされる。ラーマンの誇張した語り口に酔わされるばかりなのだ。

 流れるナンバーも「ハウンドドッグ」や「ハートブレイクホテル」から「サスピシャス・マインド」までキラ星のごとく、惜しげもなく挿入される。今の若い映画館客には理解できないかもしれないが、この贅沢な名曲の洪水に、エルヴィスの生存時を知る者は感涙するばかりとなる。

「エルヴィスなんて知らないよ」という世代に、彼の出現がロックを世界に広めたことを知るためにも必見といいたい。エルヴィス世代はもはや見るしかない。彼のパフォーマンスの磁力に酔いしれていただければ幸いだ。