[マリー・ミー』は『ノッティングヒルの恋人』をほうふつとする、スターと平凡な男との 身分違いのラヴストーリー。

『マリー・ミー』
4月22日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ、TOHOシネマズ日本橋、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー
配給:東宝東和
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公式サイト:https://www.universalpictures.jp/micro/marry-me/

 現在、世界は格差が広がり、分断の溝はさらに深まっている。人々はSNSなどによって他者と繋がっているように見えて、孤独感、疎外感は高まる一方だ。こんな時代だからこそ、夢のようなラヴストーリーに酔いしれてみたくなる。格差が大きいから、身分違いの恋なんて最適だ。

 そんなニーズに応えたかどうかはともかく、本作はひさしぶりにスウィートでユーモラスな仕上がり。軽やかに身分違いの絆を映像化している。設定からロジャー・ミッシェルの快作『ノッティングヒルの恋人』を頭に浮かべる人も少なくないだろうが、こちらは世界的な映画スターではなく、世界的な歌姫がヒロイン。セクシーなカリスマと冴えないシングルファーザーの数学教師の恋と相成る。

 原作はボビー・クロスビーのグラフィック・ノベル。これをもとに、テレビシリーズ「ライブラリアンズ」の企画、製作総指揮を担当したジョン・ロジャース、テレビシリーズ「ママと恋に落ちるまで」の脚本家タミー・セイガー、『フライトプラン』では製作アシスタントだったハーパー・デイルの3人が知恵を絞って脚本に仕上げた。なによりこの企画は、プロデューサーも務めるジェニファー・ロペスのためのもの。彼女は美しきヒロインを演じながら、魅惑の歌声を披露するという趣向が練り込まれている。

 監督は『ウソはホントの恋のはじまり』のカット・コイロ。監督のみならず、脚本、製作も手掛ける才人で、状況に合わせて自在の演出をすることで知られている。本作でも、ドラマ部分と音楽部分を巧みに融合し、軽やかなストーリーテリング。ヒロイン、ジェニファー・ロペスの魅力を十全に焼きつけている。

 ジェニファー・ロペスはまるで自分自身を演じているかのよう。人気者でいることの苦労をふくめ、自然体の表情を見せる。それでもオーラは凄まじく、まことスターとしての輝きをここでもいかんなく発揮してみせる。

 このスターの輝きを妨げることなく、自分の魅力をさりげなく表現できる相手役となると、それほど数は多くない。ここに起用されたオーウェン・ウィルソンはベストの選択といえるだろう。彼は『ナイト ミュージアム』や『ワンダー 君は太陽』、『ミッドナイト・イン・パリス』など、コメディからシリアスまで多彩な作品に出演し、その都度、したたかに個性を発揮してきた。共演者の邪魔をしないで、自らの持ち味をアピールできる稀有な才能の持ち主だ。まして本作では誇張のない等身大のキャラクター、父親であり控えめ、決して自己主張しない、好感度の高い役柄だ。

 このふたりに割って入るのはラテン音楽のスター、フアン・ルイス・ロンドニョ・アリアス。ファンの間ではマルーマの愛称で呼ばれている、今いちばん旬の人気を誇るコロンビア人の男性歌手だ。男性的フェロモンをふりまくステージングで知られている。なるほどジェニファー・ロペスの相手を担うのにピッタリくる存在だ。

 世界的歌姫のカットは新曲「マリー・ミー」を歌うときに、コンサートのなかでバスティアンとの結婚式を挙げる予定だった。

 しかし、ショーの直前にバスティアンの浮気が発覚。怒りと失意のなかで、カットは観客の一人の男性チャーリーを指名、プロポーズをしてしまう。相手は平凡な数学教師。前代未聞の出来事に、スタッフ、マスコミは大混乱となるが、ふたりはお互いの世界を知ることから付き合いが始まる。

 やがて、デュエット曲「マリー・ミー」がグラミー賞にノミネートされたことで、カットとバスティアンは親密さを取り戻す。カットはどちらの男性を選ぶだろうか――。

 歌姫の華やかな生活、数学教師の平凡だが穏やかな日常を対比しながら、カット・コイロは恋が育まれるプロセスを好もしく描き出す。スターの生活を誰もが憧れるようにゴージャスに紡ぎだしつつ、チャーリーとの平凡さも捨てたものじゃないことをきっちりと押さえる。ヒロインがどちらを選んでも納得できるようなつくり。あくまでもジェニファー・ロペスのイメージを損なわない姿勢が徹底している。

 もちろん、展開的には見る者が「こうあってほしい」と願う方向になる。軽やかにユーモアを交えながら、ロマンチックに進んでいくのだ。なかでも、本作のために生み出された楽曲の数々が素晴らしい。表題曲の「マリー・ミー」や「パ・ティ」、「オン・マイ・ウェイ」など、ジェニファー・ロペスとマルーマの圧倒的な歌唱を堪能できる。

 素晴らしい音楽とロマンチックなストーリーをただただ楽しむ。こういうシンプルなエンターテインメントもいい。