1992年の『ザ・中学教師』の頃より、平山秀幸監督は注目されてきた。『学校の怪談』シリーズのようなヒット狙いのエンターテインメントから、シリアスな人間ドラマ『愛を乞う人』、時代劇の『必死剣 鳥刺し』、さらには戦争映画『太平洋の奇跡‐フォックスと呼ばれた男‐』、山岳映画『エヴェレスト 神々の山嶺』、そして自ら脚本も手掛けた『閉鎖病棟‐それぞれの朝‐』まで、平山監督は多彩な作品歴で知られている。
長年、助監督として名を馳せ、かつてインタビューしたときは「来る球は必ず打つ」と応えていたごとく、ジャンルを超えて挑戦する姿勢は今も変わらない。職人としての誇りのなせる業だ。どんな作品でも見応えのある仕上がりにする演出力は屈指のものといえる。
ただ近年は、肩に力の入った作品が多かったのは事実。もう少し監督の個性を反映した“自然体”の作品をみてみたい気持ちになっていた。
平山監督自身もそう感じていたのだろう。本作で10年以上温めていた企画、力まない映画づくりに挑んだ。2007年に『やじきた道中 てれすこ』で組んだ脚本家・阿部照雄のオリジナルストーリーをもとに、温もりのある、ささやかだけど機微に触れる人生讃歌をつくり上げた。
なにより『かもめ食堂』などでスローライフ、自然体の具現者である小林聡美と、テレビの「孤独のグルメ」で人気を得た松重豊が主演し、存在感抜群の平岩紙、江口のりこが脇を固める。何とも嬉しくなるキャスティングを得て、平山監督がほっこりとした世界を構築してくれる。
のんびりとした田舎町でひとり暮らしの芙美はボディタオルをつくる会社に勤めている。職場の直子、妙子とは何でも話せる友人で、芙美は直子のひとり息子を可愛がっている。
そんな芙美は断酒会に通っているが、車での帰り道に隕石がぶつかる事故が起きる。めったに起こりえない確率の出来事が芙美に起きた。
同時に馴染みのバーで見慣れない男・篠田と知り合う。彼女の行動範囲のなかでたびたび見かけて徐々に親しくなる。
直子の息子との楽しい時間、友とのフランクな語らい。芙美の日常は穏やかだが、ときおり哀しみが見え隠れする。実は篠田もある哀しみを抱えてこの町に来たのだった。
ふたりが親しくなるにつれて、互いの哀しみが明らかになってくる。50歳を目前にした芙美に起きないと思っていた奇蹟が訪れる――。
年齢を重ねれば、どんな人でも悲しい出来事を体験する。別れや挫折、葛藤、過ち。たったひとつの過ちが取り返しのつかない事態を引き起こすこともある。悔い、自責の念に苛まれることも一度ではない。溌溂として若い時代には考えもしないことながら、誰もがこうしたことを重ねることで次第にペーソスをはらんでいく。平山監督は風光明媚な田舎町を背景に、生きることの哀しみを背負った人生をさりげなく、好ましく描き出す。
やがてヒロインの哀しみの理由が明らかになったとき、懸命に生きる姿が愛おしくなる。それは中年男・篠田も同様だ。見る者は、傷を抱えたふたりが新しい一歩を踏み出すことを願わずにはいられなくなる。
それにしても脇役たちもみな、諦めと哀しみを抱きながら懸命に生きている。その前向きな姿が、みていて気持ちがいい。なるほど人生讃歌と形容するのがふさわしい仕上がりだ。
ヒロインを演じる小林聡美はこれまで自然体で生きる女性像を得意にしてきたが、本作では過去の哀しみを抱えながら、自然体で生きるしかないキャラクターをみごとに体現してみせる。今までは素直に生きる女性を称えてきたが、ここではさらに恋する女性をさらりと表現している。
篠田を演じる松重豊も不器用な初老の男がピッタリとハマる。ことばも少なく、草笛を吹くことが得意な謎の男。彼と小林聡美とのカップリングはとても新鮮だ。
作品の最後に流れるのが中山千夏の1969年のヒット曲「あなたの心に」ときた。このメロディと歌詞にこだわった、平山監督の思いが伝わってくる。おとなが楽しめる、温かなラブストーリーだ。