『ベルファスト』はケネス・ブラナーがモノクローム映像に想いを込めた、美しき“我が故郷・家族の記”。

『ベルファスト』
3月18日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、TOHOシネマズ梅田(大阪)にて先行ロードショー 3月25日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイント他にて全国公開
配給:パルコ ユニバーサル映画
Ⓒ2021 Focus Features, LLC
公式サイト:https://belfast-movie.com/

 ケネス・ブラナーには“シェークスピア俳優”のイメージがついてまわる。「ローレンス・オリヴィエの再来」と呼ばれたことも影響しているし、なにより初監督・主演作が『ヘンリー五世』だったことが大きい。『から騒ぎ』や『ハムレット』などを手がけて、イメージは決定的となった。

 もちろん俳優としては『ハリー・ポッターと秘密の部屋』をはじめ、主役、脇役を問わずにさまざまな作品を経験してきた。近年では監督作も『マイティ・ソー』や『シンデレラ』、『エージェント:ライアン』、『ナイル殺人事件』などヴァラエティに富んできたが、それでも彼の演出にはどこか“大向う受け”を狙った大仰さが感じられた。

 だが、本作は違う。還暦を超えたブラナーが初めて自らの出自と素直に向き合った印象だ。鑑賞するこちら側も、過去を振り返る年齢になったこともあるが、ブラナーという人間をより身近に感じられるようになった。美しい映画。素直に作品を称えたくなる。

 時代は1969年、舞台はブラナーの故郷である北アイルランド・ベルファスト。まずカメラは庶民的な住宅が立ち並ぶ地域の人々の和気藹々たる生活ぶりを、美しいモノクロームの映像で温かく描き出す。こうした地域で家族とともに楽しく暮らしてきた幼いブラナーの記憶がこもった冒頭である。

 だが喜びに満ちた風景は、プロテスタントの武装集団がカソリック家庭を襲撃するシーンで一変する。暴徒の集団が家屋を叩き壊し、通りは阿鼻叫喚の修羅場と化す。

 1969年8月15日は実際に暴動が起きた日だという。このシーンを冒頭に持ってきたところにブラナーの巧みさを感じる。単にノスタルジーばかりで映画化したのではないことを冒頭から知らしめている。この日を境にそれまでカソリック、プロテスタントがともに片寄せあって暮らしていた状況が一変。宗教がらみの根の深い分断が起きた瞬間を流れるように語りだす。この衝撃度は見る者を惹きつけて止まない。

 この事件があって、主人公のバディ少年の生活も大きく変わる。学校でも街でも緊迫感は高まるが、祖父も祖母も兄も優しい。父はイギリスに出稼ぎに出ている分、母は逞しく子供たちを育てている。

 ただ楽しく暮らしていた日々も分断によって様変わりする。バディ一家もどちらに与するかを厳しく問われるようになる。一家はベルファストに留まるか、新天地を求めるかの岐路に立たされる。

 大人たちの緊迫した日常は子供たちにも影響を与えていく。それでもバディはテレビで『真昼の決闘』や『リバティ・バランスを撃った男』などのウエスタンに熱中し、家族で出かけた映画館で『恐竜100万年』では大人はラクエル・ウェルチに目が行き、『チキチキバンバン』では家族全員で合唱する。決して裕福ではないが、娯楽に時間を割き、家族で楽しむ余裕を持っている。

 ブラナーはこうしたエピソードを積み重ね、いつかは訪れる別れも紡ぐ。自ら「パーソナルな作品」といいきり、ノスタルジーも漂わす。両親の描きかたもときにミュージカル的な趣向を持ち込み、素直に称えてみせる。この一家がどのような選択をするのかは作品を見て得心されたい。1969年という世界的に大きく時代が変わった時期を、家族の視点で活写。ブラナーの思いは同時代を体験した身には感動的に迫ってくる。

 ブラナーの意を汲んで往年のハリウッド的なモノクローム映像を生み出した、キプロス出身の撮影監督ハリス・ザンバーラウコスに拍手を送りたくなる。同様に時代を再現した衣装のシャーロット・ウォルターとヘアメイクの吉原若菜、当時の住宅をセットで蘇らせたスタッフたちのみごとな仕事ぶりにも脱帽である。

 出演者も地味ながら充実している。『フォードvsフェラーリ』のカトリーナ・バルフをすらりとした容姿の母親に起用し、父役には『プライベート・ウォー』のジェイミー・ドーナン。祖母には名女優ジュディ・デンチを配し、祖父には『裏切りのサーカス』などで知られる性格俳優キアラン・ハインズ。そして主人公のバディにはこれが映画デビューとなるジュード・ヒル。達者な大人たちに交じって初々しい個性を披露している。

 音楽はもちろん、アイルランドの魂ヴァン・モリソン。どこまでもアイルランド色に染め上げたブラナー入魂の作品だ。これは見て損はない。