記憶を辿れば、『ウエスト・サイド物語』は、1961年12月23日に日本で封切りされた。熱い支持を集め、上映した丸の内ピカデリーのまわりは長い列ができ、なんと512日のロングランを記録したという。
未だ映画が娯楽の王様だった頃の逸話だが、確かにこの映画は大きなインパクトを残した。同作はアメリカ本国でも大きな注目を集め、翌年4月9日に開催されたアカデミー賞授賞式では作品賞、監督賞をふくむ10部門に輝いた。
オリジナルはブロードウェイ・ミュージカルで、話はウィリアム・シェークスピアの「ロメオとジュリエット」を、1950年代後半のニューヨークに舞台を移して翻案。『悲しみよこんにちは』のアーサー・ロレンツの脚本のもと、プエルトリコ系の不良グループとヨーロッパ系の不良グループの抗争を軸にした悲恋のストーリーに仕上げた。レナード・バーンスタインの作曲、スティーヴン・ソンドハイムの作詞から生まれた「マリア」、「アメリカ」、「トゥナイト」をはじめとする名曲の数々は、演出と振付を担当したジェローム・ロビンスのダイナミックな踊りとともに絶賛を浴びた。
映画化に当たってはジェローム・ロビンスが共同監督に加わり、ロバート・ワイズがまとめる方法が功を奏した。ロビンス振付のダイナミックでヴィヴィッドな群舞が大画面に焼き付き、世界中でセンセーションを巻き起こした。
出演者もナタリー・ウッドにリチャード・ベイマ―という当時の青春スターに加えて、ジョージ・チャキリス、リタ・モレノなどの新星のフレッシュな魅力が画面に炸裂。振付は日本のダンスシーンに大きな影響を与え、果ては不良少年が履いていたバスケットシューズが一躍ファッションアイテムとなったほどだった。
今も名作と謳われるこの作品を、なんとスティーヴン・スピルバーグがリメイクした。
製作する時代が変わったら大きく内容が変化するものなのか、もはや巨匠の域に達したスピルバーグが手がける意味はあるのかなどなど、さまざまな意見が噴出するなか、スピルバーグは粛々と製作し、本作でリメイクのあるべき姿を提示。観客に成否を委ねている。
聞けば、スピルバーグがこのミュージカルの存在を知ったのは、10歳の時に歌曲を収めたレコードを手にしてからという。繰り返し「マリア」や「サムウェア」などの名曲を聴きこんで、イメージを膨らました。
スピルバーグが21世紀にあえてリメイクに踏み切った理由は、オリジナルが製作された時代よりも、さらに人々の分断は広がり、持てる者と持たざる者との格差、人種間の隔たりは全アメリカ人が直面する問題になってしまったからだとコメントしている。
人と人は理解しあうことが本当にできないのか。これを問い直すことは“今”を生きる人々にとって重要なテーマであり、だからこそ時を経ても、再映画化する意味があったと、スピルバーグは断言している。
リメイクにあたって、スピルバーグは5年の歳月を費やした。『ミュンヘン』でチームを組んだ戯曲家のトニー・クシュトナーがストーリーを絞り込んで、時代を反映した葛藤のドラマに仕立てた。不良グループ同士が対立するなか、プエルトリコ系の娘マリアと、彼女に一目惚れしてしまったポーランド系青年トニーの恋が燃え上がるという大筋は変わらないが、細かい設定に変化が施されている。『ウエスト・サイド物語』製作時には深く踏み込めなかった差別の実態を描いている点でもリメイクした意味は大きい。
撮影は『シンドラーのリスト』や『ミュンヘン』などで、長年、スピルバーグ作品を担ってきたポーランド出身のヤヌス・カミンスキーが担当。オリジナルよりもはるかに生活感がある、1950年代後半のニューヨークのスラムがリアルに活写される。
バーンスタインの曲とソンドハイムの作詞はそのまま。名曲の数々がとてもリアルなスラムの背景のもとに紡がれる仕掛けだ。荒み切った現実の空気感を画面に持ち込むことで、絵空事から脱している。
振付はニューヨーク・シティ・バレエ出身のジャスティン・ペックが担当。はるかにダイナミックな踊りをカメラに焼きつけているのだが、それでも、残念ながらジェローム・ロビンスの衝撃には及ばない。オリジナルの公開以降、踊りの振り付けは格段の進歩を遂げ、見る側も驚かなくなっている。その分、このリメイク版は損をしているかな。
出演者もトニー役の『ベイビー・ドライバー』で人気爆発したアンセル・エルゴート以外は、舞台の実力派で固められている。なかでもマリア役のレイチェル・ゼグラーは、この抜擢の後、実写版『白雪姫』の主演が決まっている。スター性十分だ。
それにしてもスプピルバーグのうまさは圧巻である。出演者の魅力を引き出し、全編に緊張感と疾走感をもたらし、名曲の見得はピタッと決めてみせる。ただただスピルバーグの自在な語り口に身を委ね、映像の快感を堪能するばかり。
今さらながらにスピルバーグに脱帽したくなる。全米でも激賞されているというが、確かにリメイクする価値は十分にあった。オリジナルと見比べるのもいい、まずは必見である。