『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』はいかにも英国らしい、嘘のような第二次大戦秘話。

『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』
2月18日(金)より、TOHOシネマズ日比谷、渋谷シネクイントほか全国ロードショー
配給:ギャガ GAGA★
©Haversack Films Limited 2021
公式サイト:https://gaga.ne.jp/mincemeat/

“事実は小説より奇なり”ということばがあるが、フィクションでも発想しないようなことが、現実では間々起こる。とりわけ、戦争などの非常時には、世界全体が冷静ではないために、平時には考えられないことが起こりうる。

 本作が描き出すのはまさしく第二次世界大戦秘話と形容したくなるストーリーだ。連合軍はヨーロッパ上陸ポイントどこかを知られぬように、奇想天外な奇策を用いて、ナチス・ドイツを欺こうと図った。その事実が描かれる。

 原作は英国の作家ベン・マッキンタイアーの「ナチを欺いた死体 – 英国の奇策・ミンスミート作戦の真実」。脚本は、戦記テレビシリーズ「パシフィック」や、伝記テレビシリーズ「マスター・オブ・セックス」などを手がけたミシェル・アシュフォードが担当し、作戦遂行までの英国諜報部員の地道な行動を綴っていく。作戦は珍妙だが、それを真実らしく見せかける努力は怠らないわけだ。

 監督に選ばれたのは『恋におちたシェイクスピア』で注目を浴び、近年はポリティカル・サスペンスの『女神の見えざる手』など多彩なジャンルで知られるジョン・マッデン。本作では戦時下の英国の厳しい状況をリアルに活写しながら、スリルとユーモアを交えたストーリーテリングを貫く。いかにも英国的なくすんだ色調のなか、作戦を進める者と反対する者の虚々実々の腹の探り合いが展開し、それぞれのキャラクターが浮き彫りにされる。ウィンストン・チャーチルをはじめ、登場人物は実在の人物。かのジェームズ・ボンドの生みの親、イアン・フレミングも重要な役割を担う。

 こんな事実が明らかになったのは英国情報機関MI5 がファイルの機密解除を始めたから。これまでフィクション化されてきた題材の実際が仔細に語られるようになった。本作はその好例と言える。

 出演者は『英国王のスピーチ』でアカデミー主演男優賞に輝き、『キングスマン』ではアクションも披露したコリン・ファース。一癖ありそうなキャラクターを存在感たっぷりに演じている。

 共演は『エジソンズ・ゲーム』のマシュー・マクファディン、『トレインスポッティング』のケリー・マクドナルド、『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』のペネロープ・ウィルトン、さらに『スターダスト』でデヴィッド・ボウイを演じたジョニー・フリンがイアン・フレミングに扮し、『ホテル・ムンバイ』のジェイソン・アイザックスは作戦に懐疑的な提督を演じる。決して派手さはないが実力派俳優が結集している。

 1943 年、第二次世界大戦が激化する最中、英国軍はイタリアのシチリアから上陸し、ドイツを攻撃する計画を立てていたが、ナチス・ドイツがそれを知れば、海岸で待ち伏せされかねない。ゴドフリー提督と諜報機関 20 委員会は真の標的はギリシャだと思わせるべくナチスを欺くことを約束する。

  諜報委員会の会議で、元弁護士の諜報部員ユーエン・モンタギューは欺瞞作戦を主張、MI5 所属のチャールズ・チャムリー大尉がそれを支持し、“トロイの木馬作戦”を提案する。イアン・フレミング少佐が考え出した、「偽造文書を持たせた死体を海に流す」という奇作だ。提督は一笑にふすが、モンタギューとチャムリー、フレミングの三人は作戦室を用意し、有能なスタッフを集めると作戦遂行のための準備に勤しむが、作戦を実行するまでに紆余曲折、さまざまなことが起きる。果たして作戦は無事に遂行されるだろうか――。

 ジョン・マッデンの演出は控えめなユーモアとともに、極めて誠実にストーリーを紡ぐ。登場するキャラクターが実在の人物ばかりとあって、人間像に深く突っ込めないこともあるだろうが、それなりに葛藤や諍いも明らかにした上で、あくまでストーリーの面白さを追求していく。作戦の詳細は、興を殺ぐので映画を見て確認いただきたい。“トロイの木馬作戦”なんて立派な名前が付されているが、それほど実態は秀抜なものじゃない。

 この作戦自体、決して派手なものではないので、息詰まるようなアクションなどは登場しないが、まことに馬鹿馬鹿しい作戦に懸命になる男たちがくっきりと浮かび上がり、見ていて飽きさせない。こんな幼稚な欺瞞に騙されること自体が、非常時のなせる業なのだろう。それでも生真面目に準備を進め、反対を押し切って遂行する男たちの姿は滑稽でもあり、健気だ。マッデンは登場するキャラクターの魅力、欠点を巧みに描写しながらストーリーに肉付けている。

 出演者もコリン・ファースをはじめ、ピッタリとハマっている。それなりに短所も併せ持つキャラクターをしっかりと表現し、みる者を画面に惹きつけている。それにしてもチャーチル首相をはじめ、実在の人物をほうふつとする俳優の多いことに驚かされる。時代考証がきっちりとなされ、適した俳優も数多い。こういう実話ものは英国映画に限る。

 いかにも大人好みの戦争秘話。俳優たちの渋い演技とストーリーの面白さを堪能できる仕上がりである。