1980年代のアメリカ映画シーンで際立ったヒットを飾ったのが、1984年に登場した『ゴーストバスターズ』だった。ダン・エイクロイドとハロルド・ライミスという、当時絶大な人気を誇るコメディアンたちが脚本を書き、さらに仲間のビル・マーレイも加えて主役を務めた。『エイリアン』女優のシガーニー・ウィーヴァーに、リック・モラニスも招集して、リチャード・エドランドの特撮を前面に押し出した問答無用のアクション・コメディ。レイ・パーカーJRの主題歌もヒットして世界中でセンセーションをまき起こした。
この作品の製作、監督を務めたのがアイヴァン・ライトマンだ。『アニマル・ハウス』などのプロデューサーから監督に進んだ人物で、『ゴーストバスターズ』の成功で、一躍、ヒットメーカーの仲間入り。1989年の続編、加えて『ツインズ』、『ジュニア』などのコメディを送り出した。プロデューサー出身らしく、出演者の持ち味を活かしながら、予定調和的なストーリーを貫く。他愛なくても楽しければ良しという姿勢が、アメリカ映画界にピッタリとハマった。スターリン時代にチェコからカナダに移ったという経歴の持ち主とあって、屈折したところもあるだろうに、少なくとも作品には反映させていない。
さて、アイヴァンの息子ジェイソンに話を移そう。彼は幼い頃より撮影現場に入り浸っていたことから、当然のように映画監督の道を選んだ。父親と同じくコメディを志向するも、時代性、社会の空気を取り入れ、よりシビアでブラックなコメディ世界を構築してきた。長編デビュー作の『サンキュー・スモーキング』ではタバコ業界のスポークスマンの活動を痛快かつブラックに描ききり、続く『JUNO/ジュノ』では16歳で妊娠した少女の等身大の軌跡をリアルかつユーモラスに浮き彫りにした。
監督第3弾『マイレージ、マイライフ』では国中を股にかけて旅するリストラ宣告人の日常をペーソスたっぷりに紡いだ。これを見て、ジェイソン・ライトマンの才能は恐るべしと誰もが拍手を送った。
続く『ヤング≒アダルト』以降、前作『フロントランナー』に至るまでは、深いスランプに陥った印象だ。さまざまなジャンルを手がけ、女性問題やSNSなどを題材にするものの、シニカルに過ぎたり、ひとりよがりになったりと仕上がりが芳しくなかった。
この状況から抜け出すべく、ジェイソンは父の最大のヒット作の続編に挑んだ。本作の『ゴーストバスターズ/アフターライフ』である。
インディペンデントのフィルムメイカーとしての自負をかなぐり捨て、父親の世界に活路を求めたわけだ。
もちろん、そうは言っても、ジェイソンらしさを失くしたわけではない。『エンバー 失われた光の物語』を監督したギル・キーナンとともに書き上げた脚本は、なんと舞台がニューヨークではなく、オクラホマの片田舎。しかもヒロインを思春期の少女に設定して、オバケ退治を通して、胸弾む成長冒険物語に仕上げたのだ。
父親版はニューヨークに住む超常現象の研究を行う三人の科学者を主人公にしていたが、そのつながりもきっちりと織り込んである。『ゴーストバスターズ』と続編の脚本を書いたハロルド・ライミスは鬼籍に入ったが、ジェイソンはもうひとりのダン・エイクロイドに脚本に目を通してもらい、正統的な第3弾として認めてもらったのだという。
どこまでもオリジナリティに溢れたストーリーでありながら、きっちりと繋がっていることを分からせる。ジェイソンのアイデアの勝利というべきだろう。
出演は『キャプテン・マーベル』のマッケナ・グレイス、『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』のフィン・ウォルフハード、『アントマン』のポール・ラッド、『ゴーン・ガール』のキャリー・クーンと、新鮮な顔ぶれが並んでいる。
シングルマザーのカリーのもとで、兄と暮らす少女フィービーだったが、一家は都会を離れて祖父の遺したオクラホマの農場に移り住むことになる。
30年に渡って原因不明の地震が頻発する田舎町の農場で、フィービーは、奇妙なハイテク器具と改造車を納屋に発見する。祖父のことなどまったく知らないフィービーは、祖父イゴン・スペングラーが30年前にゴーストバスターズの一員で、ゴーストたちをこの地に封印していたことを知る。
だがゴーストたちは地震を起こし、封印を解こうとしていた。フィービーは家族とこの地でできた友とともに、ゴースト退治に乗り出す――。
イゴン・スペングラーとは今は亡きハロルド・ライミスが演じたキャラクター。脚本を書いていたライミスを、こういうかたちで登場させたことに『ゴーストバスターズ』を愛する者は胸が熱くなる。しかも、嬉しいサプライズまで最後には用意してくれるのだから、感涙しかない。
ましてスペングラーはゴーストたちを抑え込んだ功労者で、その孫が跡を継ぐという設定なのだ。これならダン・エイクロイドも、父アイヴァンも反対するはずがない。父は製作も引き受けている。
なによりも「志を引き継ぐ」というテーマは、映画のキャラクターのみならず、ジェイソン・ライトマン自身の意思表明でもある。もちろん、父の生み出した世界の片鱗を残しながら、片田舎の青春物語に仕立てたことがジェイソンの意地だが、みごと溌溂としたエンターテインメントに仕上げている。ジェイソンは前作までの迷走ぶりが嘘のように、吹っ切れた演出をみせてくれる。父のいい部分を継承しようとの気持ちが感じられる。
出演者はフィービー役のマッケナ・グレイスが爽やかな存在感を披露し、兄役のフィン・ウォルフハードも好印象。『アントマン』のポール・ラッドがまさかこんなキャラクターになるとは思わなかったが、とてもよく似合っている。ゴーストたちの見ものは、際立って可愛い小粒のマシュマロマンの大群。これだけでも見る価値がある。
本作で父と子の継承を実感する。エンターテインメントとしても十分に楽しい作品、一見をお勧めしたい。