『クライ・マッチョ』はクリント・イーストウッドというアメリカ映画界の至宝が自らの心境を描いた傑作!

『クライ・マッチョ』
2022年1月14日(金)より、TOHOシネマズ日比谷、丸の内ピカデリー、新宿バルト9ほか、全国ロードショー
配給:ワーナー・ブラザース映画
© 2021 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved
公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/crymacho-movie/
 

  今さら言うまでもないことだが、クリント・イーストウッドはアメリカ映画界のみならず、もはや映画史に冠たる存在である。

 若い頃は『ダーティハリー』をはじめマネーメイキングスターとしてアメリカ映画を牽引、監督を手がけるようになってからは『ブロンコ・ビリー』や『センチメンタル・アドベンチャー』、『バード』、『ホワイトハンター ブラックハート』などの話題作を次々と送り出した。とりわけ1992年に『許されざる者』を発表して以降は、演出にさらに磨きがかかった。『ミスティック・リバー』や『ミリオンダラー・バイビー』、『父親たちの星条旗』、『グラン・トリノ』、『アメリカン・スナイパー』など、枚挙の暇のないほどの傑作を世に問うている。シリアスドラマから、アクション、ミュージカルまで、気持ちのおもむくままに挑戦し、心に残る作品を生み出す。まさにアメリカ映画の至宝である。

 本作は、イーストウッドが1971年の『恐怖のメロディ』で監督を手がけてから50年、40作品目に当たる。主演作としては『運び屋』に続くものとなる。『グラン・トリノ』に主演後、しばらくは監督に専念していたが、やはり俳優の血が騒ぐのか、88歳にしてスクリーン復帰。本作は91歳の主演作だ。

 舞台となるのは1979年。イーストウッドは、かつてはロデオの名手として鳴らしたカウボーイ、マイク・マイロに扮している。栄華を誇っていたが、落馬事故以来、暗転。それからはいいこともなく、家族もいなくなって、余生を細々と一人で送っている。

 そんな彼のもとに、かつて世話になった牧場主が訪ねて来た。彼はメキシコに住む妻と暮らす息子を連れ帰ってほしいと、マイクに頼んだ。牧場主は傲慢で嫌な奴だが、昔気質のマイクは義理を欠きたくない。渋々、誘拐まがいの頼みを引き受けることにする。

 メキシコに住む牧場主の妻も冷酷非情、鼻持ちならない女だった。息子ラフォを放り出し、知らん顔をしている。マイクは闘鶏で暮らす息子を連れて、アメリカに向かう。

 勝手な行動をされて怒り心頭の妻はギャングの追手を差し向け、警察も彼らを追うが、マイクとラフォは決巧みな逃避行を演じる。その道すがら、マイクは生きることの規範をさりげなくラフォに知らしめて行く――。

 このストーリーは40年前にイーストウッドのもとに持ち込まれたものだったが、その時点では、イーストウッドが演じるには年齢設定が老けすぎていたため流れた経緯があった。老境の男伊達を演じる機は熟したというべきか。オリジナルは『雨を降らす男』などで知られるN・リチャード・ナッシュによるストーリーだが、今回の映画化にあたって、『グラン・トリノ』や『運び屋』の脚本を担当したニック・シェンクがイーストウッド本人のキャラクターにより近づける改稿を成している。

 決して派手な立ち回りが繰り広げられるわけではない。紡がれるのは、老いたカウボーイが少年に、タフな世界を生き抜くための規律を静かに教える旅だ。少年に馬に乗る技術だけではなく、人との絆の大切さを教える。善人だけの社会ではないし、日々、むしろ辛いことの方が多い世界だ。それでも、老いた先達は自分が教えられる生きる喜びを次代に伝える。その姿に私たちは感動を禁じ得ない。イーストウッドはますます枯淡の境地に入ったかのようだ。それでいながら、この年齢になっても女性に対しての眼差しは熱いのだから、イーストウッドの“永遠の男”を実践する生き様には脱帽するしかない。

 ロードムービーは人生を象徴しているといわれるが、本作は老いを老いとして認めたうえで、衰えではなく知恵の集積だと語りかける。ここにイーストウッドの思いがある。シンプルな展開ながら、描かれていることは深く、滋養に富んでいる。

 共演者もカントリー・アンド・ウエスタンのアーティストとしても名高いドワイト・ヨーカムをはじめ、『コラテラル・ダメージ』のナタリア・トラヴェン、メキシコで人気を博すホラシオ・ガルシア=ロハス、チリの人気女優フェルナンダ・ウレホラなど、一見すると派手なキャスティングではないが、役柄にピッタリとはまっている。

 イーストウッドは演技では決して無理していないが、顔が妙に若いのが気になる。本作ではひさかたぶりに巧みな乗馬を披露してくれたことがなにより嬉しい。イーストウッドの揺るぎのない演出を称え、次にどのような世界をみせてくれるか、楽しみに待ちたい。