あまた数あるスーパーヒーローのなかでも、スパイダーマンほど共感度の高い存在は他に例がない。
他のヒーローたちに比べて、スパイダーマンことピーター・パーカーは群を抜いてイノセント、善意の人だ。しかも成長途中の未熟さを残しているから、傷つくことも少なくない。それでも屈することなく、正義のために戦うポジティヴさがいい。まこと成長し続ける等身大のキャラクターといいたくなる。
このスパイダーマンの個性を熟知しているからこそ、サム・ライミ版ではトビー・マグアイヤを起用し、マーク・ウェブ版ではアンドリュー・ガーフィールドを抜擢した。
そして、ジョン・ワッツが監督する新三部作ではトム・ホランドが選ばれた。これまでのスパイダーマン俳優のなかでもとりわけ頼りないイメージ、失敗も数多いがめげないキャラクターに設定されている。
本作は新三部作の第三弾。新三部作では、激動する状況にただ翻弄されるなかで、懸命に戦い、成長を続けるピーター・パーカーの姿を描いてきたが、前作でスパイダーマンの正体が全世界に知られてしまった。ここから本作は幕を開ける。
ピーターはガールフレンドのMJ、親友のネッド、メイ叔母さんなど、親しい人たちに迷惑が及ぶのを恐れた。マスコミはカメラで追いまくり、まわりの人たちは陰口を交わしている。自分をスパイダーマンだと知らない世界に行きたい。悩んだ彼は、かつてアベンジャーズでともに戦った魔術師、ドクター・ストレンジに相談を持ち掛けた。
意外なことに、ドクター・ストレンジは簡単に引き受ける。マルチバース(並行世界)には、ピーターのことなど誰も知らない世界があるという。
喜んだピーターだが、魔術の最中に誰も知らないのは寂しすぎると、ストレンジに色々と注文を出す。その結果、魔術は失敗。マルチバースに接続した別の世界から悪のヴィランが次々と集結する。彼らと戦いながら、ピーターは自分のアイデンティティを問い直す試練を迫られる――。
マルチバース(並行世界)の発想を取り込んで、圧倒的な映像世界を構築。全米で上映されるや、「これまでで最高のスパイダーマン映画」の高評価とともに、エモーショナルで感動を呼び起こすと絶賛されている。まさしく、その評価に偽りはない。本作は趣向をばらすと、興を殺ぐことこの上ないので、ストーリーとアイデアはこれ以上説明できないが、ピーターは今までで一番、自分の愚かさを嘆き、してしまったことを悔いる。そこで初めて、ヒーローは孤高の存在でなければならないことを悟るのだ。
新三部作をすべて手掛けた脚本のクリス・マッケナとエリック・ソマーズのコンビ。監督のジョン・ワッツは、マルチバースの(並行世界)の発想を導入することで、本作で初めてファンの夢をかなえてみせた。『COP CAR/コップ・カー』で活きのいいところ見せて起用されたワッツ、『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』や『アントマン&ワスプ』などでも重用されたマッケナとソマーズの3人は、アイデアを練りぬいた末にこのストーリーに至った。その趣向こそが、ファンが待ち望んだものだった。本作には別れ、新たな出会い、旅立ちがある。そのいずれもがピーターに訪れ、本作でピーターは大きく成長することになる。
ワッツの語り口はとにかく問答無用。圧倒的な特撮世界で押しまくる。ドクター・ストレンジのマルチバース(並行世界)を呼びよせる力技から始まって、この世界に次々と襲来する異世界のヴィランたちの暴れっぷりまで、息も継がせない。ここまで豪華な趣向で押し通せたことに拍手を送りたくなる。
ピーター役のトム・ホランドは本作で血肉の通ったキャラクターを仕上げてみせた。軽率なところもあるが、素直さが身上。愛すべきヒーローなのだが、試練を受けて大きく成長することになる。感情の起伏豊かに表現して、まだまだホランド版スパイダーマンを続けてほしくなる。
他の出演者も凄い。20年に及ぶスパイダーマン作品のなかのヴィランが総登場するのだ。グリーン・ゴブリン役のウィレム・デフォー(『スパイダーマン』2002)から始まって、ドック・オク役のアルフレッド・モリナ(『スパイダーマン2』2004)、サンドマン役のトーマス・ヘイデン・チャーチ(『スパイダーマン3』2007)、リザード役のリス・エヴァンス(『アメイジング・スパイダーマン』2012)、エレクトロ役のジェイミー・フォックス(『アメイジング・スパイダーマン2』2014)までもが顔を出す。いずれもスパイダーマンの強敵ばかりを、この個性に満ちた俳優たちが嬉々と演じている。
もちろんMJ役のゼンデイヤは可愛いし、ドクター・ストレンジ役のベネディクト・カンバーバッチはいかにも厳かそうなおっちょこちょいぶりを披露してくれる。
肝心なことは殆どいえないが、見ないと後悔するのは確実。みごとな仕上がりのエンターテインメントである。