『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』は巨大企業に立ち向かった男を描いた正攻法の告発映画。

『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』
12月17日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほかロードショー
配給:キノフィルムズ
© 2021 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.
公式サイト:https://dw-movie.jp/

 かつて巨大企業は環境を顧みることなく、ひたすら繁栄に向かって突き進んだ時期があった。国も後押しして、その結果、企業は巨大化し、環境破壊を容認した社会は公害問題に直面することになる。このプロセスは日本に限らず、世界各国が体験してきたことだ。目先の利益を優先する企業倫理は決して過去の問題ではない。

 本作はそうした巨大企業の体質に対して、真っ向から異を唱えたひとりの弁護士を主人公にしている。

 もともとは2016 年にニューヨーク・タイムズ紙に掲載されたナサニエル・リッチの記事だった。オハイオ州シンシナティの法律事務所の弁護士ロブ・ビロットは、地方のコミュニティを汚染していた化学物質の危険性を暴き、その化学物質を誕生せしめた巨大企業に対して、敢然と立ちあがった経緯が書かれていた。

 この記事に感銘を受けたのが俳優のマーク・ラファロだった。マーベルの『アベンジャーズ』シリーズでハルクことブルース・バナー役を演じて人気を博したラファロは、環境問題に深い関心を寄せていた。彼は記事をもとに映画化するべく、ビロットを説得。自らが中心となってプロジェクトを推し進めた。

 脚本は舞台で注目されているマリオ・コレアが手がけ、『キングダム/見えざる敵』や監督も手がけた『モスル』で知られるマシュー・マイケル・カーナハンが映画的にまとめ上げた。

 ラファロの強い要望で監督には『ポイズン』や『キャロル』などの個性的な作品を生み出してきたトッド・ヘインズが起用された。ヘインズ自身、環境問題に対して一家言あり、本作では正攻法、ストレートに公害に挑む弁護士の活動を紡いでいる。

 出演者も、ラファロに勧誘された実力派が揃った。『レ・ミゼラブル』の熱演が印象的だったアン・ハサウェイに、『ショーシャンクの空に』や『ミスティック・リバー』の演技が忘れ難いティム・ロビンス、『インデペンデンス・デイ』のビル・プルマン。まさに堂々たるキャスティングである。

 シンシナティの名門法律事務所に勤める弁護士ロブ・ビロットはある日、見知らぬ男の訪問を受ける。祖母の知りあいという男は、ウェストバージニア州パーカーズバーグで農場を営んでいるが、大手化学企業のデュポン社によって汚染されたという。

 企業側の弁護を行っているロブは、一度はその調査依頼を断るが、気になって彼の荒れ果てた農場を訪ねる。

 ウィルバーの説明によると、デュポンが近くの埋め立て地に廃棄した化学物質が原因で 190 頭もの飼牛が死亡したという。

 かつて環境保護庁が作成したこの土地の調査報告書を入手し、再びウィルバーの農場に赴くと、おとなしい牛が突然狂ったように暴れ出し、ウィルバーに射殺される現場を目の当たりにする。ウィルバーから手渡されたビデオテープには、醜く病死した牛たちの姿が生々しく記録されていた。ショックを受けたロブは、ウィルバーのために訴訟を起こす。

 訴訟開始から 1 年後、ロブのもとにデュポンの廃棄物に関する開示資料が届いた。すぐさま内容を精査したロブは、そこに記された“PFOA”という謎めいたワードを調べる。

“PFOA”が人体に有害な化学物質、ペルフルオロオクタン酸だと突き止めたロブは、川や水道水に漏れ出したその物質が地域一帯の住民を蝕んでいるのではないかという恐ろしい可能性に行きついた――。

 成功を夢見て活動してきた弁護士がかつて祖母の暮らしていた土地近くの牧場主の悲痛な叫びにほだされ、調査するうちに、恐ろしい事実に突き当たる。デュポンがその地で生み出していたものは、日本でもよく知られていた物質だから慄然とする。

 監督トッド・ヘインズは弁護士の心情に寄り添いながら、地道な調査と活動を誠実に浮かび上がらせていく。その活動からほの見えてくるのは、巨大企業のエゴイズムである。経済的な繁栄をもたらせているのだから、多少の汚染には目をつむれという発想だ。経済至上主義は今も世界で闊歩している。日本も例外ではない。素朴な発想から訴訟に踏み切ったこの弁護士は活動のなかで、環境の在り方、企業の社会的責任に目覚める。その姿を映像化することで、見る者の気持ちも目覚めさせようとの試み。ラファロ、ヘインズの想いは画面を通して着実に届いている。

 マーク・ラファロはまことに地味に訥々としたキャラクターを演じ切る。弁護士なのにそれほど流暢に話さない。それが誠実さの表れとでもいうように、容姿も決して目立たないが、それがむしろ好ましい。

 同様に弁護士の妻を演じるアン・ハサウェイも、上司役のティム・ロビンスもビル・プルマンも、派手さを押さえた等身大のキャラクターを適演している。普通のキャラクターなればこそ多くの共感が得られるというわけだ。

 タイトルも含め、ちょっと地味目な意匠だが、見応えは十分。思わず身のまわりの環境に目を向けてしまう。一見する価値は十分にある。