『悪なき殺人』は世界が小さくなった現在だからこそ起こりえた、滑稽にして哀しいミステリー。

『悪なき殺人』
12 月 3 日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー(12 月 4 日(土)よりデジタル公開)
配給:STAR CHANNEL MOVIES
© 2019 Haut et Court – Razor Films Produktion – France 3 Cinemavisa n° 1
公式サイト:https://akunaki-cinema.com/
 

「バタフライ・エフェクト」ということばがある。「些細な事がさまざまな要因を引き起こした後、非常に大きな事象の引き金に繋がることがある」という意味らしい。なんでもカオス理論における予測の困難性を表す表現のひとつとか。 ちょっとした蝶々の羽音が世界を揺るがす大事件、あるいは大災害につながることがあったとしても、それを予測するなんてことはとてもできないというわけだ。日本にも「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざがあった。

 ただ、現在のように物理的にも世界が小さくなり、情報があらゆる地域に波及する時代になると、これまでは置き忘れられた地域の出来事が世界を揺るがす事態になってしまうことを、私たちは骨身に染みて知っている。コロナ禍の例を挙げるまでもなく、どこかの羽音が世界を脅かすことも確実に起こりえる。

 東京国際映画祭で観客賞と最優秀女優賞(ナディア・テレスキウィッツ)を手中に収めた本作は、小さな羽音で生じたことが偶然の重なりによって殺人事件に至るミステリーだ。2000年に『ハリー、見知らぬ友人』を発表し、セザール賞最優秀主演男優賞、最優秀監督賞、最優秀編集賞などを受賞。一躍注目の存在となったドミニク・モルの2019年作品。ブラックな皮肉が利き、才気の光る仕上がりとなっている。

 フランス人作家、コラン・ニエルの原作をもとに、モルは『ハリー、見知らぬ友人』以来、『レミング』や『誘惑/セダクション』でチームを組んでいるジル・マルシャンとストーリーを練り込み、より映像的な展開に仕立てていった。

 出演者も『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』のドゥニ・メノーシェ、『アンティークの祝祭』のロール・カラミー、『レ・ミゼラブル』のダミアン・ボナール、本作出演後にテレビの「ポゼッションズ 血と砂の花嫁」が話題となったナディア・テレスキウィッツ、そして『ふたりの5つの分かれ路』のヴァレリア・ブルーニ・テデスキなど、実力派の俳優が揃っている。

 吹雪の夜にフランス山間の村で、一人の女性が殺された。

 精神が不安定な農夫のジョゼフが疑われ、彼と不倫をしているアリス、夫のミシェルをはじめ、見知らぬアフリカの人間までを巻き込んで、事件は複雑な様相を呈して行く。

 秘密を抱えた5人の男女がふとした偶然で絡まり、思いもかけない結末に導かれる――。

 細かい点まで書くと興を殺ぐので、ストーリーの詳細は割愛する。ドミニク・モルは事件を巡って、関係した人たちの視点で、事件の真相を明らかにしていく。何といっても最初に散らばった伏線がピタッとはまっていく快感が本作の魅力だ。まったく脈絡のないように見えた事柄、関係がきっちりとストーリーに収斂される。“人間は「偶然」には勝てない――”という宣伝コピーに納得がいく展開である。

 監督のドミニク・モルの個性は人間の本性を浮かび上がらせ、どこかブラックユーモアの味わいを感じさせるところにある。本作では孤独で愛を求めることに一途な故に、思わぬ展開に甘んじる人間たちを哀しく、滑稽に紡ぎだしている。いずれもよこしまな部分を持ちつつも愛すべき人間たち。コピーのごとく「偶然」さえなければ、悲劇は起きなかった。愛されたい人々が迷走する悲喜劇といいたくなる。

 寒い雪の村から遥か離れたアフリカ・コートジボアールに転ずる展開のみごとさも、いかにも現代であれば頷けるはずだ。有名企業のコールセンターが実際に第三国に置かれた例もある。底意地の悪い設定も世界の現状を考えれば納得がいく。

 詳細を騙れないもどかしさはあるが、作品を見れば面白さを実感できるはず。人間の哀れさが浮かび上がる仕上がり。一見をお勧めしたい。