『ディア・エヴァン・ハンセン』はSNS社会を題材にした、思わず胸が熱くなるミュージカル!

『ディア・エヴァン・ハンセン』
11月26日(金)より、TOHOシネマズ日比谷、新宿バルト9、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:東宝東和
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公式サイト:https://deh-movie.jp/

 どんな題材であっても描く時代を反映しているものだ。近年、人種、志向の多様化を称えた作品が増えてきたのは、それだけ画一化したセオリーが通用しなくなったからに他ならない。これまで映画にはならないと思われてきた題材が次第に取り上げられるようになってきた。

 本作は好例といえるだろう。テーマはずばり孤独だ。

 SNSなどによって、現代はコミュニケーションが飛躍的に広がったと喧伝されるが、かえって人と人とのつながりが希薄になってしまった。自分の居場所をみつけ、自分らしさを他人に正直にみせることができるのか。そもそもつながるとはどういうことなのか――ある意味で今の時代にもっとも切実な問題を本作はテーマにしている。

 なにより凄いのはこのテーマをミュージカルで描こうとしたことだ。2016年に上演をはじめ、たちまち話題をさらい、第71回トニー賞で作品賞、主演男優賞、楽曲賞を含む6部門を受賞。第60回グラミー賞では最優秀ミュージカルアルバム賞に輝き、第45回エミー賞では「デイタイム・クリエイティブ・アーツ・エミー賞」を獲得した。

 この企画を立ち上げたのは、ベンジ・パセックとジャスティン・ポールの作曲家コンビだ。映画好きならその名に覚えがあるはず。『ラ・ラ・ランド』に楽曲を提供し、『グレイテスト・ショーマン』の「This is Me」も忘れ難い。実写版『アラジン』にも参加し、素敵な曲で個性を発揮していたっけ。そのふたりが無名時代から温めていたテーマが、「SNS時代における本当のつながり」だった。ふたりは新進の脚本家スティーヴン・レヴェンソンと知り合ったことで本作のアイデアが熟成されていった。

 ステージ用に生み出された『ディア・エヴァン・ハンセン』は前述のようにセンセーションを巻き起こした。こうなると映画化されるのは必定。監督には『ウォールフラワー』の原作者にして監督も務め、高い評価を受けたスティーヴン・チョボスキーが選ばれた。チョボスキーは『ワンダー 君は太陽』も手掛け、思春期の学生の孤独や、“普通であること”の問いかけを描くことに長けている。知性に溢れた映像世界が持ち味だ。

 映画化に当たっては、細かい変更が加えられた。より映像的な脚本に変えられ、新曲が2曲織り込まれると同時に、4曲がカットされることになった。パセック&ポール、レヴェンソンがいかにこの題材を大切にして、映像化に臨んだかの証明だろう。

 なにより主役のエヴァン・ハンセン役にベン・プラットがステージに引き続き起用されたことが重要だ。この作品を大成功に導いたのは彼の歌唱力に負うところが大きい。一度、聴くと耳に残る、艶のある歌声は確かにこのキャラクターくっきりと際立たせている。

 共演には『アリスのままで』でアカデミー主演女優層に輝いたジュリアン・ムーア、『アメリカン・ハッスル』のエイミー・アダムスというベテラン女優がしっかりサポートする。まさに鉄壁の布陣である。

 シングルマザーと暮らす高校生のエヴァン・ハンセンは神経質で内省的な高校生。友人も出来ず、孤独感に苛まれた日々を送っていたが、その悩みは誰にも打ち明けられなかった。

 セラピストから指導されて、自分あての手紙を書くことになる。どうせ誰も読まないと、日々の満たされない気持ち、孤独、好きな女の子ゾーイを想う気持ちを正直に書いたが、その手紙を嫌われ者のゾーイの兄コナーに持ち去られてしまう。

 そのコナーが自殺してしまい、残された両親、妹のゾーイはエヴァン・ハンセンあての手紙がコナーが書いた遺書だと勘違いし、エヴァンも打ちひしがれた家族を見かねて、親友だったと嘘をつく。

 ありもしない思い出を語る破目になったエヴァンはコナーの追悼式でスピーチをするが、その模様はSNSで世界中に拡散された。

 一躍、時の人になってしまったエヴァンは嘘をついていることの呵責に耐えられなくなっていく。ゾーイと親しくなり、周囲の人々の傷も癒えつつあるが、本当の自分に向き合うためには真実を語る必要があった――。

 学園ドラマの主人公になれそうもない、内気で陰にこもった少年が思わず嘘をついてしまったことから、自分自身と真剣に向き合うことになる。およそミュージカルにはなりにくいテーマながら、パセック&ポール、レヴェンソンのチームは、若者たちの孤独や閉塞感を浮き彫りにする。情報過多ゆえにかえって疎外感に陥る状況をミュージカルの形態のなかでリアルに伝えている。

 意を汲んだ監督のチョポスキーはどこまでもストレートにエヴァンの世界を映像化していく。彼の心情、思いに入り込み、見る者の心を動かす。映像的に変えたレヴェンソンの脚本を活かし、青春成長ドラマの好編に仕上げた。登場するキャラクターがいずれも悩みを抱え、弱味を懸命に隠そうとする。まことにリアルで等身大な設定を嫌味なく素直に紡ぎだした演出に拍手を送りたくなる。

 もちろん、魅力はパセック&ポールの親しみやすい楽曲の数々だ。どのナンバーも現代の感覚にピッタリとマッチし、聴く者の心をつかんで離さない。これまでさまざまな作品に楽曲を提供してきたが、これが集大成。溌溂とした個性がメロディに反映されている。彼らがこれからどんな調べを披露してくれるのか、楽しみでならない。

 パセック&ポールの楽曲を十全に活かした最大の功績は、主演のベン・プラットの頭抜けた歌唱力だ。彼の気持ちのこもった歌はたちどころに観客を虜にしてみせる。容姿自体は決して惹きつけるところはないが、歌いだした途端、オーラが全身から立ち上る。ひさびさに興奮させられる俳優の登場だ。

 楽曲のキャッチーさ、題材の面白さでグイグイ引っ張られる。十分に満足できある仕上がり。今年は『イン・ザ・ハイツ』とこの作品の登場で、ミュージカルの当たり年となった。これは必見もの。