『ボストン市庁舎』はドキュメンタリーの巨星フレデリック・ワイズマンの、行政の在り方問いかける素敵な傑作。

『ボストン市庁舎』
11月12日(金)より、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか、全国順次ロードショー
配給:ミモザフィルムズ、ムヴィオラ
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公式サイト:https://cityhall-movie.com/

 新作が発表されるたびに、フレデリック・ワイズマンの衰えない創作意欲には脱帽させられる。確か1930年1月生まれのはずだから、91歳という高齢だ。にも関わらず、題材を求めてアメリカ本国のみならず世界をまわる。対象に入り込むフットワークの軽さと、どんな撮影もものにする強い意志、柔軟な姿勢まで、ワイズマンに死角はない。まさに人生百年を絵に描いたような人生を送っている。

 ワイズマンは1967年に第1作『チチカット・フォーリーズ』を発表し、以降、アメリカの多様な組織や生活を題材にすることを信条としている。

 ほぼ年間1本のペースを守って、アメリカのさまざまな地域や組織に題材を求め、時には留学していたフランスやイギリスで撮影することも辞さない。フランスに渡って国立劇団を題材にした『コメディ・フランセーズ/演じられた愛』、文化の殿堂である『パリ・オペラ座のすべて』。一転してストリップで知られるパリのナイトクラブの全貌を映像化した『クレイジーホース・パリ 夜の宝石たちクレイジー・ホース』。さらにロンドンの博物館に密着した『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』などを発表。これらは文化の香り好きな日本でも劇場公開されて、絶賛を浴びた。

 ワイズマンは、ひとつの組織や施設、地域に焦点を定めると、さまざまな角度からスケッチして全体像を浮かび上がらせる。日本でも劇場公開された『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』や『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』など、最近作はとりわけ円熟の域に達している。アメリカという世界をみごとに浮かび上がらせている。

 カメラが軽快に題材に据えた世界に入り込んで、そこで生きる人々の息吹を映像に焼きつけていく。多くの点が集まって線になり、やがてフォルムをかたちづくる。見る者は描かれるピースの多様さに惹きこまれ、世界が構築されるプロセスを堪能することになる。

 本作が扱うのは題名を見れば一目瞭然、マサチューセッツ州ボストンの市庁舎そのものが対象だ。ボストンはワイズマンが生誕した都会でもある。ユダヤ人であることから二等市民の扱いを受けたこともあったというが、愛憎入り混じった感情を抱いたこの地で、市庁の行政にテーマにした作品を撮りあげた。

 ボストンは長い歴史を誇る古都だが、現在はさまざまな人種がひしめきあって暮らすことでも知られている。ワイズマンはその市庁舎にカメラを持ち込んで2018年秋と2019年冬に撮影を敢行した。

 価値観が多様化し、ドナルド・トランプの政策によって、大きく分断化されたアメリカにおいて、ワイズマンはここで真剣に行政について考察しいく。

 カメラは、警察、消防、保健衛生のセクションからはじめて、退役軍人や高齢者の支援、公園の管理、事業の営業許可、出生、結婚、死亡記録の管理まで、地方自治体の行政、福祉の活動を軽やかにスケッチしていく。

 同性婚や大麻の合法化といった現代を象徴するようなアイテムから、民族間の差別、警察と住民の緊張関係など、多岐にわたる事柄が次々と描かれる。アメリカが抱えている社会問題が集約されているのだ。ワイズマンは、そうした事柄に対して、ひたすら解決に向けて努力する市庁職員、公僕たちをきっちりと映像化していく。行政の在り方に対して目が開かれるかのようだ。

 なかでも市長のマーティン・ウォルシュに関しては、ワイズマンは大きな期待を寄せる。彼の演説を感動的に引用し、彼の政策の下、職員たちが一丸となって行政に励む姿をカメラに収めている。ウォルシュに対しては無条件で存在を称えている。おりしも撮影時は、ドナルド・トランプが大統領として、アメリカの分断化、格差の拡大に突き進んでいた頃。ワイズマンは、トランプが巻き起こした風潮に「否」を宣言することが主旨だったに違いない。

 撮影したフィルムの数々を編集段階で選別し、作品の方向性を定めていく、ワイズマンの手法が、多様さ極まるボストンという題材にピッタリとマッチしている。

 ワイズマン作品のなかでは、トランプの支持基盤である中西部の保守的な小さな白人の町を題材にした前作『インディアナ州モンロヴィア』を凌ぐ、まことに政治的な作品だと思う。全世界で絶賛された傑作である。