『花椒の味』は往年の香港映画の楽しさを実感させてくれる、ちょっと胸の熱くなる女性主導の家族映画。

『花椒の味』
11月5日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
配給:武蔵野エンタテインメント株式会社
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公式サイト:fagara.musashino-k.jp


 香港映画がエンターテインメントの雄として、面白い作品を量産していたのは、1980年代から1997年の中国本土復帰を経て、2000年代前半あたりまでか。ジャッキー・チェンのアクション・コメディからはじまって、香港ノワール、他愛のない恋愛コメディや社会派ドラマまで、どの作品にも勢いがあった。そこには、香港映画がアジアをリードするという意志があったし、気概が感じられた。現在のように、中国本土の意向に従い、牙をもがれた状況とは大きく異なっていた。

 本作は、ひさしぶりにかつての香港映画の味わいを堪能できる仕上がりとなっている。エイミー・チャンの小説「我的愛如此麻辣」の映画化だが、なによりもプロデューサーにアン・ホイが参加したことが大きい。1980年代の香港ニューウエーヴの立役者として活動し、現在に至るまでしたたかに活動してきた監督だ(奇しくも彼女についてのドキュメンタリー『我が心の香港~映画監督アン・ホイ』が同時期に公開される。母の介護をしながら映画づくりを続ける彼女の日常が映画化された好編だ。こちらにも注目されたい)。

 ヴェネチア映画祭功労賞の金獅子賞を得ているアン・ホイが原作に惚れ込み、ヘイワード・マックに脚本と監督を委ねた。マックは日本ではプロデュース作品『誰がための日々』が紹介されている程度だが、その才能は香港で高く評価されている。

 それにしても香港映画ファンにとっては感涙もののキャスティングだ。歌手としても知られるサミー・チェンを筆頭に『台北24時』など台湾でマルチな活動をするメーガン・ライ、中国本土からはバラエティ番組でも司会を務め、女優として『芳華-Youth-』などで個性を披露したリー・シャオフォンが妍を競う。個性もさまざまな女優たちのパフォーマンスが魅力である。

 対する男優陣が凄い。長年サミー・チェンと恋愛コメディでコンビを組んでいたアンディ・ラウ、『星願 あなたにもういちど』や『ブレイキング・ニュース』が忘れ難いリッチー・レン、そして『ステキな彼女』や『上海ブルース』のケニー・ビーまで、まさに香港映画隆盛期を支えた顔ぶれが揃っている。

 急死した父にわだかまりを持っていたユーシューは、葬式の日にふたりの異母妹の訪問を受ける。台湾から来たルージーと重慶で生まれたルーグオとは、初めての姉妹の出会いだったが、ぎこちないなかに親しみを感じあう。

 ユーシューは避けてきたために父のことを知らない自分に気づく。父の営業していた火鍋店を継ぐ決心をするが、その味を再現することが難しい。

 ルージーは台湾でビリヤードのプロとして頑張っているが、堅実な生活を望む母との折り合いが良くない。ルーグオは祖母の面倒を見ているが、祖母は結婚させたがっている。

 ふたりの妹は火鍋店で悪戦苦闘するユーシューを助けるために香港にやってきた。父親秘伝の味を再現するべく、努力を重ねる日々は父の思いを知ることにつながっていく――。

 ヘイワード・マックはきめ細かくヒロインの心情によりそう。彼女は病弱の母を看護するために戻ってきた父に対して素直になれなかった。父を避けてきたユーシューが、父の死を契機に必死で記憶を取り戻そうとするプロセスは見ていて胸が熱くなる。誠実ゆえにそれだけ多くの子供を持つに至った理由。父はどんな気持ちで日々を送ったのか。取り戻したヒロインの記憶から、状況に翻弄された父の姿が香港の置かれている状況と重なり合って見える。それでも思いは娘たちに引き継がれていくという結論は願いにも似ているか。

 娘たちの心情を繊細かつユーモラスに描き出す。爽やかな余韻をもたらすという意味でもかつての香港映画をほうふつとする。サミー・チェンの芯の通ったキャラクターを前面に押し出し、親子の絆を謳う。年齢を重ねた今だから表現できる達観といえばいいか。

 マックは姉妹たちそれぞれの生活を、台北、重慶にロケーションを敢行することでより活き活きとした映像に仕立てている。それぞれ趣のある風景のなかに女性たちの生き方がくっきりと描かれる仕掛けだ。男性に興味を感じないルージー、祖母を第一に考えつつ別れが来ることを実感しているルーグオ。そしてユーシューも。婚約者とアフリカに向かう医師との間で右往左往し、自ら生きることを選ぶ。女性はどんなに多様な生き方でもいいと結ぶ、まこと女性映画として傑出している。

 サミー・チェンの演技、表現力は申し分がないし、ルージー役のメーガン・ライのボーイッシュな魅力、ルーグオ役のリー・シャオフォンの、既成の価値に頓着しない若い感性にも好感を覚える。

 だが、嬉しいのは男優陣だ。三姉妹の父にケニー・ビー。かつては二枚目として活躍した彼が実直で誠実な男をさらりと演じている。心に沁みる存在感だ。ヒロインの婚約者役のアンディ・ラウ、医師役のリッチー・レンも客演という表現がぴったりなのだが、登場するだけで往年の作品の記憶が蘇ってくる。

 香港映画の楽しさをひさしぶりに堪能できた。こうした作品をもっと製作され、日本でも公開されるように願う。